2007/11/16 金曜日

心の習慣

Filed under: おしらせ — admin @ 9:51:40

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文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ

心の習慣

校長 荒木 孝洋

 文藝春秋12月号に数学者藤原正彦氏の提言『教養立国ニッポン』が掲載されている。行き詰まりの見える経済立国日本の建て直しについて記述されている。一部抜粋して紹介する。

 

 まず、日本の現状について「我が国は、金銭崇拝から歴史的にもっとも遠い国であった。それがたった十年ほどで金銭亡者で満たされてしまった。(中略)大人も子供も、勝ち馬に乗ることばかり考えるようになった。自らの信条を貫くことを軽視あるいは軽侮するような風潮まで現れてきている。生き馬の目を抜くような社会となり、頭抜けてよかった治安さえ乱れてきている。

 

 長年にわたって世界でダントツだった初等中等教育さえ、大幅に力を落としてしまった。・・・格差はなお広がっている。市場原理とは自由競争のことである。規制をなくし自由な競争に社会をまかせれば、強者が勝ち続け弱者が負け続けるのは必然である。弱肉強食の世界となる。(中略)格差問題の本質は、国民の大多数を占める中間層が壊されて下流へ向かっていることである」と述べている。

▲経済至上主義では人心は乱れて国滅ぶと考え、再生への道として文化・芸術・学問を中心とした教養軸を据えることの必要性を提言している。折しも読書の秋だ。藤原氏は提言の中で、読書の効用について次のように述べている。「読書は時空を越える愉しみである。知識を得る、感動を得る愉しみである。人間は知識を得たい動物である。脳はそのようにできている。人間は感動したい動物である。脳がそのようにできているからである。だからこそわざわざ悲しい物語を買って読んだり、入場料を払って悲しい映画を見に行く。足は地を歩きたい、手は物を掴みたい、目は物を見たい、耳は音を聞きたいのと同様である。長時間にわたって足を縛られたり、手に袋をかぶせられたり、目隠しをされたりしたら、欲求不満は爆発するだろう。愉しみというのは不思議なもので、経験する前は決して分からない。初めて食べるまで餃子のうまさも見当つかないし、モーツファルトやビートルズのすばらしさも聞くまでは分からないし、説明も不可能である。しかしこの愉しみを知っている人は、それをまったく堪能せずに死んで行く人を不憫に思うであろう。餃子やモーツファルトはともかく、読書の醍醐味を知らずに死んでしまう人がいたら不憫どころではない」 と。最後に、「経済は豊かな社会を実現するためであり、教養は自らを豊かにするためである。・・・経済だけで人生を終えるのは余りにも寂しいと思う。勁(つよ) くたおやかな祖国を取り戻すため、教養主義の復活が切望される」と結んでいる。

▲人の一日は二十四時間しかない。従って新しいモノが登場したり新しいことを始めると従来使っていた時間から何かを削らなくてはならない。半世紀前に登場したテレビの時もそうであったが、ケータイやインターネットの登場で使う時間も情報発信のスタイルも一新し、新たな時間配分のステージに向かうこととなった。朝から深夜まで絶えず誰かと会話をしたり、携帯のメールチェックと返信で落ち着かない若者は与えられた二十四時間から何を削っているのだろうか。人や書物と対面しながら自分の「心の習慣」を身につける大切な時間が削除されているような気がしてならない。

2007/11/12 月曜日

ものづくり最先端

Filed under: おしらせ — admin @ 11:39:05

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文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ

ものづくり最先端

校長 荒木 孝洋

▲先日、日本で一番景気が良くて元気のある街名古屋を訪問する機会があった。地方では少子化のため過疎地の集落が消えかかろうとしているのに、名古屋は今なお人口が増え続けている。ビルの屋上にはクレーンが林立し、街のあちこちに200メートルを越えるビルがタケノコのように建造されている。名古屋はトヨタの町とも言われるように街を走る車も大半はトヨタの車種だ。海外輸出の拠点港を持っている飛島村は、トヨタの駐車場とも比喩されるように村全体が輸出用の車で埋まっている。その為に飛島の人たちは住民税もほとんど払う必要がないそうである。

▲名古屋城の近くにはトヨタグループが設立している産業技術記念館がある。この記念館は旧豊田紡織本社工場跡地に残されていた建物を産業遺産として生かしながら設立されたものだそうだ。生産活動が高度化するとモノづくりの現場を見る機会が少なくなる。そこで若い人たちに「モノづくり」の大切さや素晴らしさを理解して頂くことが設立の主目的だということである。私たち一行は小中学生の団体といっしょに見学することとなった。レンガ造りの正門から中に入ると、広大な敷地の中には繊維機械館と自動車館があり、古い時代の機織りや懐かしい自動車といっしょに最新の機械や自動車が並べられている。付帯施設として、図書室、ビデオライブラリー、レストランもある。時間の関係で駆け足の見学であったが、技術立国日本の姿を垣間見ることができた。

▲繊維機械館には現在世界各地の工場で使われている機械が設置してあり、製品が出来上がる工程が見学できる。一台が150万円位のものから数千万円もする機械まで幾種類もの機械が設置されている。コンピュータで制御された織物機械はもの凄いスピードで製品を作り出す。繊維の太さによって織り上がるスピードは異なるが、昔ハタ織りで一本一本通していた横糸はエアーやジェット水で押し出される。吹き出される横糸の数も半端な数ではない。1分間に400本から700本だそうだ。もちろん目には見えない。一見刺繍にも見える見事な製品も瞬時にできあがる。また、円筒形のホースも丸い形で出来上がっていく。つまり、縫い目のないホースが自由自在の長さに出来上ってくる。人間がする仕事はスイッチの操作だけというのは何とも物悲しい。

▲帰りはロボットのトランペット演奏で見送ってもらった。ロボットの唇は限りなく人間に近い感覚を備えているそうだ。 振り返ってみると、技術の進歩によって人間の歴史は次々と塗り替えられてきた。介護ロボット、遺伝子組み換え食物、空まで登るナノチューブ階段、携帯電話のバーチャルな世界・・・。技術開発によって人間の好奇心や欲望は次々と満たされていく。手を使うことも足で歩くことも必要でなくなった時、人は生きていくことの価値を何処に見いだしたらいいのだろうか。技術革新が人間の尊厳である喜怒哀楽の感情まで奪ってしまうのではないのかと危惧してしまう。そんなことを考えながら中部空港を飛び立ち熊本に向かった。

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