2008/4/21 月曜日

飛べない小鳥

Filed under: おしらせ — admin @ 10:18:11

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文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ

『 飛べない小鳥 』

校長 荒木 孝洋

   桜前線も通過し、春先の雨に洗われた黄緑色の若葉が目映い季節となった。少し大きめの制服に身を包んだ新入生は緊張した面もちで「おはようございます」と挨拶する。幼く見えた新入生も4月9日からの宿泊研修ですっかり凛々しくなってきた。29日には県下の高校で最も早い体育大会を迎える。練習や競技を通して可憐で可愛い若葉が大きく逞しい濃緑に昇華することを期待している。

 ところで、私たちは父性・母性という言葉を何気なく使っていますが、そもそも母性・父性とは何なんだろうかと考えてみました。さまざまな定義がありますが、母性とは「無条件の保護」=(やさしさ)、父性とは「条件付きの愛情」=(厳しさ)が一番適切な定義のような気がします。ありのままにその子を受け入れ、認め、そして絶対的な安らぎの場を与える力が母性で、「これはしていけない」、「こうしなければならない」というルールやマナーを教える力が父性だと思います。しかも、父性や母性は性別による男女の役割ではなく、父親も母親も父性的な役割と母性的な役割を担うことが大切だと思います。女性にも父性が、男性にも母性が必要だということです。家庭でも学校でも母性的なものと父性的なものがアンバランスでは子育てはうまくいきません。母性が強すぎると、甘えん坊で自立できない人間が育ち、父性が強すぎると、幼児性と攻撃性が出てくると言われています。子どもに対して「こうあって欲しい」といった親の願いはたくさんありますが、まずはありのままの姿を受け入れ、「父さんや母さんはおまえが好きだ」と心から言えたり、感じさせたりすることが大事だと思います。『まるごと抱きしめる』ということです。過ごす所がくつろげる安住の場所であれば、子どもの自尊心が育ち、その後の父性的な躾は子どもの心にスムーズに浸透していきます。

  最近は、ルールやマナーを守れない傍若無人な若者の行動に対して、社会は「親が厳しく躾ないからだ」とすぐに糾弾する風潮がありますが、彼らが注意を受けてもそれをやめないのは、小さいときに母性的なものを十分与えてもらえなかった結果だと認識すべきではないでしょうか。親も教師も『一人一人の子どもの性格と成長に合わせて父性と母性のバランスをとること』を子育ての基本に据えて子どもに接し、子どもには『世の中には思い通りにならないことがあるよ。だから、朝はきつくても起きろ、飯は食え、夜は寝ろ』と伝えていきたい。文徳学園では、『普通の生活をさせること』を全職員の父性的関わりと位置づけています。それができないと『飛べない小鳥』になると考えるからです。

2008/4/4 金曜日

「進路は心路」

Filed under: おしらせ — admin @ 16:01:04

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文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ

『 進路は心路 』

校長 荒木 孝洋

 冬ごもりしていた虫たちが地上へ這い出てきた。畦にはタンポポ、ナズナ、名前も知らない白や紫の花がめでる人もないのに気にもせず咲いている。けなげで逞しく美しい。春は出会いと別れの季節。卒業式、そして、間もなく桜満開の入学式を迎える。「別離」と「邂逅」が交錯し気持ちが落ち着かない。お世話になった方への感謝と新たな出会いに心ときめかせながら入学式を待ちたい。

 文徳学園では、中学生22名、高校生509名の新入生を迎える準備が整った。 米国の神学者ラインホールド・ニーバーさんは、教会の祈りの中で「変えることができないものを受け入れる平静さ、変えるべきものを変える勇気を、そして、それを識別する知恵を与えたまえ」と、述べている。新入生諸君の中には、公立受験に失敗し不本意な気持ちで本校に入学する人もいるでしょう。しかし、嘆かないでいただきたい。文徳で新たな息吹を見つけて欲しい。世の中には、自分の能力を含め悩んでも変えられないさまざまなことがあるが、自分の生き方や考え方はいつでも変えられる。自分を変えて人生が変わった人はいくらでもいる。次の熊本県知事となられる樺島さんは家庭の事情で大学には行けなかったが、向学の志だけは失わなかったそうだ。農業研修生として渡米し名門ハーバード大学を卒業したのは30才。自分を変えるのに年齢も環境も関係ない。「志」があるかないかだと思う。想いを形にしたとき人は変わる。 

 ロシアの諺に次のような言葉がある。『おまえが生まれたときは、おまえひとりが泣いていて(オギャー)、おまえの周りの人はみんな喜び笑っていた。でも、おまえが死ぬときは、おまえひとりが微笑んで、周りの人がみんなおまえを惜しんで泣くような、そんな人になりなさい』。

 入学したばかりの中学生や高校生にとっては、進路を決めることはまだまだ先のことのように思えるかもしれないが、心路を決めることは差し迫った問題だ。これまで担任として多くの生徒の進路相談に携わってきたが、その中で確信したことは『進路は心路』と言うことだ。今春卒業した3年生の多くが大願成就を果たし元気よく巣立っていったが、夢叶わず再チャレンジする人もいる。『志高く!』夢実現に向けて頑張って欲しい。

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