2008/5/21 水曜日

粋な教育

Filed under: おしらせ — admin @ 9:36:58

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文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ

『 粋な教育 』

校長 荒木 孝洋

  教え子の藤山信一君がプロデュスしている「YOSAKOIソーラン熊本」がある。「素朴でいいなー。これが本来のYOSAKOIソーランだ」。踊りを見たときの感想だ。このチームは紺の法被を着ているだけで、ごてごてした装飾は身につけていない。曲も太鼓と笛が中心の和風だ。素朴で粋なところが気に入った。

  最近の各地の祭りを見て感じるのは、照明ギラギラ・チカチカ、衣裳も化粧もケバケバ、変化をつけて客を楽しませようとしているのだろうが、「これでもかこれでもか」と金をかけて演出しては祭り本来の素晴らしさが消えていく。テレビもそうだ。ズームアップを多用したり、やたらとカメラの位置を変える。視聴者は動いている踊り手を見たいのに、カメラが動くのは本末転倒、意味不明。顔のアップなら終わってから撮れば良い。野暮で不粋な演出が気に食わない。

  物事は金をかけすぎたり、余計な事をしすぎると野暮になり、どんどん衰退していく。これは子どもの教育でも同じことが言えると思う。子供に物をあげ過ぎるとろくなことはない。物を大事にしないし、物をもらっても感謝しなくなる。食べ物だって食べ残す。そんな環境にしたのは親ではないかと自戒している。

皇室の教育係をされていた浜尾実氏の著書「女の子の躾け方」(光文社)に、「子どもに対してプレゼントは意味のあるとき以外はしてはいけない」といった趣旨の一節がある。

少し引用する。

 「世の父親、母親が子供に物を与える時、ただ買い与えるだけの意味のないプレゼントが多いようです。この頃の父親は、仕事の付き合いで子どもとゆっくり過ごす時間が少ないので、子どもの愛情をつなぎとめるために、物わかりのいい親として、プレゼントを買って帰るということでしょう。よく考えてみれば、愛情は品物やお金では買えるはずがないのです。意味のないプレゼントは、かえって子どもに馬鹿にされるばかりではなく、物のありがたさを損ねる効果以外にないと私は思うのです。子どもに対してのプレゼントは意味のあるとき以外はすべきではないのです」と・・・。プレゼントも過剰になっては害にしかならない。 

 私は落語が好きだ。本場で直接見ることは叶わないがテレビではよく視る。落語家は扇子と手ぬぐいだけで、森羅万象を全て表現する。扇子は時にキセルになり、箸になり、刀になり、銃になる。手ぬぐいも財布になり、丼になり、本になり、兜にもなる。もしも落語家が大道具、小道具、背景など使ったらどうしようもない野暮の極みになってしまう。一流の落語家はわずかの口の動きだけで、空豆と枝豆を演じ分けるそうだ。
 子どもの教育も、余計なものはできるだけ取り除き、すっきりと粋でいきたいものだ。学校には携帯も化粧もいらない。教科書と筆記具と弁当があれば不自由はしない。

2008/5/7 水曜日

魂の構え

Filed under: おしらせ — admin @ 15:42:34

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文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ

第23回『魂の構え』

                                       校長 荒木 孝洋

▲絶好の日和に恵まれて4月29日の文徳学園体育大会が無事終了しました。県下の中・高校では最も早い時期の開催でしたが、多くの皆様より声援を受けて1200名の生徒達は懸命に競技をしました。文徳学園では、今日(5月7日)から本格的に文武両道の一学期が始まります。総体・総文に向けた部活動の練習、進学コースの課外授業も本格化します。

▲特に、入学して間もない一年生諸君には『志』を高く持ってスタートしていただきたいと心から願っています。『志』とは人生という船の舵取りであり、物事を行う礎には目線を高くして大きな目標を掲げなければなりません。志や目標が高いからこそ、人はそれを求める気持ちを強くして努力を続け、素晴らしい結果を残すことができるのです。易きにつけば、すぐに目標が達成されるかもしれないが、それでは結果はたかがしれているし、「自分の人生」を生かしたことにはなりません。

▲アメリカの女性詩人ウイルコックスの作品「運命の風」の中に示唆に富んだ一節があるので、抜粋して紹介します。    

ある舟は東に進み、また他の舟は同じ風で西に進む。  

ゆくべき道を決めるのは疾風ではなく帆のかけ方である。  

海の風は運命の風のよう。  

生涯という海路を辿るときゴールを決めるのは凪か嵐ではなく魂の構えだ。

舟の航路と人生行路を重ねているところが妙である。風の向きではなく帆のかけ方で舟の進行方向が定まるように人生も心構え次第で進む道が変わる。同じ教室で、同じ先生から、同じ事を習っても、同じ体験をしても、成果やゴールが違うことは多くの人が感じていることですが、それを、ウイルコックス氏は『魂の構え』の違いだと言っています。「心構え」つまり、『志』次第で人生が変わると言うことではないでしょうか。

▲しかし、『志』だけでは夢は実現しません。夢を実現した多くの人に共通していることは、基礎・基本を大事にしていることです。目標を達成するために、まずは、基礎・基本を徹底して習熟していただきたい。今、建設中の新校舎には直径九十センチ、長さ十二メートルの鉄製の杭が二百本も打ち込んであります。学習も建物と同様に基礎・基本がしっかりしていないと砂上の楼閣となります。自由奔放に生きているように見える人でも、若い時代には他人と切磋琢磨しながら、あるいは自己の欲望との葛藤の中で、基礎基本を憶えこむ時期があったはずです。型にはめられない個性は社会に通用しません。型から入り型から出るのが本当の個性だし、勉強には厳しさが必要だと思います。しかも、志や目標が高ければ高いほど立ちはだかる壁も大きくなります。スランプに陥って思うように成績が伸びなかったり、壁を前にして思い悩んだりしてもやけになる必要はありません。むしろ、それだけ志が大きいのだと胸を張り前向きになるべきです。「苦しいときは上り坂だ」と思って頂きたい。

▲中学三年生の皆さんは、まだまだ先のことだと思っている人もいるでしょうが、八ヶ月後には高校受験を迎えることとなります。勉強も運動も「努力する」とか「一生懸命やる」といった言葉を忘れるほど没頭できるようになった時、はじめて結果が見えてくるものです。皆さんは『やればできる』と確信します。でも『やるのは自分』だと言うことも忘れないで頑張っていただきたい。文徳学園は皆さんの『志』と『頑張り』を応援します。

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