2008/9/25 木曜日

サンマ

Filed under: おしらせ — admin @ 12:03:53

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文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ

『サンマ』

                          学校長 荒木 孝洋

▲土手のあちこちに赤や白の彼岸花が満開。最高気温も30度を割り心地よい季節を迎えた。食べ物も美味しい季節だ。食卓に並んだサンマ(秋刀魚)がことさら秋を象徴する。しかし、子どもの世界からはサンマ(三間)が消えかけている。空間・時間・仲間の三つが子どものサンマだ。『間』を辞書で調べると、「間隔、長さの単位、家の内部を屏風やふすまで仕切られたところ、音楽や踊りでリズムを生むための休拍、句と句の間隙、ころあい、具合、船かがり」等と随分多くの意味を持っている。とりわけ、子どもの成長にはサンマ(三間)は欠かすことができない。心の栄養源だからだ。空間と時間が削減されると仲間が減り、人が最も大事にしなければならない「いたわり」とか「感謝」の気持ちが薄らいでいく。

▲先週、福岡で情緒障害を持つ小学1年生の我が子を母親が殺す痛ましい事件がおきた。ここ数年、子が親を、親が子を殺す事件が頻発し、今回も事件を知ったとき母親の犯行ではないのかとの不安が脳裏をよぎった。今も昔もパーソナル障害や病気を持っていても立派に子育てしている人は山ほどいるのに・・・相談する人(家族や仲間)がいなかったのかと思うと残念でならない。日本人は古来より、家族が世間の荒波の防波堤の役割を果たし、家庭は癒しの空間として機能してきた。親子の信頼と愛で子どもを産み育ててきたものだ。子どもの自立が少し遅れても身内でかばい合う良さを持っていた。しかし、昨今の事件を見ると、その家族の機能すら崩壊していると言わざるを得ない。子どもだけでなく、親にもサンマ(三間)が消えかけているようだ。

▲主婦の薄木智子さんのエッセイ(「おいしい記憶を作りたい」コンテストの優秀賞)を紹介する。題は「父のだし巻き玉子」。家族の絆をテーマにしたエッセイである。「料理の好きな父の得意のメニューのひとつがふっくらと柔らかな“だし巻き玉子”である。しかし、胃がんの手術の後がはかばかしくなく、父は料理を作ることも少なくなった。そんなある日、近くの会社勤めをするようになった私は、些細なことから父と喧嘩をする。お昼頃、勤務中の私の耳に覚えのある原付バイクの音が聞こえる。今朝、私は弁当を持たずに家を飛び出していた。窓の下を見下ろすと、父が原付バイクまたがって上を見上げていました。びっくりした私はあわてて父の所まで駆け下りて行きました。すると父はにっこり笑って、モコモコのダウンジャケットのふところからお弁当の包みを出し、『お弁当忘れたやろ』とだけ言って、私の手にホカホカのお弁当を持たせてくれました。入っていた久しぶりの“だし巻き玉子”を私は嬉しさで泣きながら味わった。父はやがて他界した。その後、結婚して二人の子どもに恵まれた私の家庭でも、“だし巻き玉子”は夫や子どもの好物として引き継がれている。」

▲“だし巻き玉子”を作る父親の姿にサンマ(三間)の匂いを感じる。大人も子どもも忙しすぎて家族や仲間と過ごす時間や空間は減ったが、平凡で日常的な営みの中にサンマ(三間)はあるようだ。「おもいやり」とか「感謝」を形にする方法はいろいろある。

2008/9/5 金曜日

「おかげさまで」

Filed under: おしらせ — admin @ 11:12:20

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                       『おかげさまで』

                           校長 荒木 孝洋

 携帯やインターネットの急速な普及で、私たちは知識や情報を瞬時に獲得できるようになりました。コンビニに行けば食べたいものもすぐに手に入り、二十四時間いつでも脳や腹を満たすことができます。

  しかし、一方では、いじめ、自殺、子が親を親が子を殺す事件、私利私欲に駆られた贈賄事件など、徳の井戸が枯れてしまったのではないかと思える出来事が多発し心が痛みます。豊かさや便利さは一度手に入れると、時間の経過とともにその頃の苦労や不自由した想いを忘れてしまい、やがてその豊かさや便利さにさえ不平不満がつのるようになります。凡人のとかたづけるにはあまりにも空しい気がします。

  作者不詳ですが、『おかげさまで』という詩を紹介します。人間の弱さを見透かされているようで読みながら気恥ずかしくなります。

夏がくると 冬がいいという

冬になると 夏がいいという

ふとるとやせたいという やせるとふとりたいという

忙しいと閑になりたいといい

閑になると忙しい方がいいという

自分に都合のいい人は善い人だとほめ

自分に都合が悪くなると 悪い人だと貶す

借りた傘も雨があがれば邪魔になる

金をもてば古びた女房が邪魔になる

所帯をもてば 親さえも邪魔になる

衣食住は昔に比べりゃ天国だが

上を見て不平不満の明けくれ

隣を見て愚痴ばかり

どうして自分を見つめないのか

静かに考えてみるがよい

一体自分とは何なのか 親のおかげ 先生のおかげ 

世間さまのおかげのかたまりが自分ではないか 

つまらぬ自我妄執をすてて

得手勝手を慎んだら 世の中はきっと

明るくなるだろう おれがおれがを捨てて

おかげさまでおかげさまでとくらしたい

 人は忙しく動き回ってばかりいると、「感じる」とか「見つめる」「触れる」「語る」といったことがおざなりになってくるような気がしてなりません。

  時々は立ち止まって心にものを入れる時間や空間が必要だと思います。

  心が空っぽになると、礼とか仁といった日本人が古来より大事にしてきた人と人の繋がりまで失うことになります。

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