2008/11/18 火曜日

アメリカの教育再生

Filed under: おしらせ — admin @ 9:54:22

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文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ

『アメリカの教育再生』

                          学校長 荒木 孝洋

 「自分たちの目で教育再生の実際を見てこよう!」と、愛知県実践教育研究会の先生方は、この夏、アメリカテキサス州ダラスの学校を訪問された。その感想が「月刊高校教育11月号」に掲載されていたので一部引用して紹介します。「アメリカの義務教育は日本の小学校から高等学校にあたる年齢まで長期にわたるが、学校に通うどの年齢の児童生徒も規律正しい学校生活を送っており、現在我が国で問題になっている学級崩壊や不登校で町をさまよう子どもの姿に出会うことはなかった。・・・遅刻や課題の未提出、怠けやさぼりに対して厳格な指導を行っている。指導に従わない保護者にも指導に従わせる義務を課したり、州によっては無断で欠席した子どもを放置した親に対して罰金刑を与えるところもある。ルーズでだらしない子どもやわがままで自己中心的な行動で規律を乱す子どもをつくらない。普通の子どもが安心して学ぶことができる環境を整えるために、学習環境を乱す子どもは隔離して再教育する」と述べられていました。

 実は、1980年代は戦勝国も敗戦国も教育の荒廃という課題を抱えていました。イギリスもフランスもアメリカも例外ではありません。アメリカの学校で麻薬や薬物乱用が頻発したり銃乱発事件が起きたのもこの時期です。危機感を持った当時の大統領レーガンは、1983年の教育白書『A Nation at Risk(危機に瀕する国家)』の中で、「教育には金が掛かる。その金を惜しんで、掛けなければ、あまり出来の良くない人間の山を築くことになる。そうした場合、そういう国民ばかりになってしまった国家を改善するには、はるかにもっと大きな金がかかる。コストがかかる」と述べ、教育費の国家予算の増額などの改革に着手しました。現在、アメリカが進めている『規律を教え込む教育(キャラクター教育)』は日米共同研究をもとにして作られたものであり、当時、世界有数の教育力を誇っていた日本の『しつけ教育』を範にしたものです。報告書の中で、アメリカは日本の教育の素晴らしさを次のように高く評価しています。

‘本の保護者は子どもの教育について深く関わっている

カリキュラムがしっかりしており、教科のバランスがよい。指導方法や内容が明確である。

子どものモチベーションを高める指導をしている

せ劼匹發帽發こ慘録綵爐鰺弋瓩靴討い

ゼ匆颪鬚茲する種々の習慣を涵養している

校内の規律が保たれている

Ъ舛旅發ざ軌が多い。校内研修が徹底している

日本の若者は勤勉で忍耐力が強く、多くのことを学んでいる。

 いかがでしょうか。今の日本の教育を見るとどれも不安な材料が増えている気がしてなりません。本来、学校教育はその国特有の文化であり、国の将来を見据えた子どもの育て方を追求する、国を挙げての崇高な営みのはずです。学校は「学ぶ場」であり、「子ども達は豊かで便利な現代社会の恩恵を全て享受する立場にはない」ということを大人も子どもも教師も共通に認識すべきだと考えます。

2008/11/5 水曜日

もう一度会えたらいいな

Filed under: おしらせ — admin @ 10:29:31

 

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ

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もう一度、会えたらいいな』

                          学校長 荒木 孝洋

 我が家の本棚を整理していたら、赤茶けた一冊の懐かしい本が出てきた。40年前に読んだ随想集『春宵十話』です。著者は長靴姿の偏屈者(?)として有名な数学者の岡潔さんですが、実際は岡さんが口述された内容を出版社の松村さんが纏められたものです。この本が出版された当時私は大学生でした。自分の数学的センスに限界を感じ、「数学をやって、いったい何になるのか」と思い悩んでいたときに出会ったのです。岡さんは、その答えを随想集の中で、「数学の喜びは発見の喜びにほかならない。

  ・・・数学と物理は似ていると思っている人がいるが、とんでもない話だ。職業に例えれば、数学に最も近いのは百姓だと言える。種子を蒔いて育てるのが仕事である。そのオリジナリティは『ないもの』から『あるもの』を創るにある。数学者は種子を選べば、あとは大きくなるのを見ているだけのことで、大きくなる力は種子の方にある」と述べています。

 また、教育についても柿の育ちに例えて「早く育ちさえすればよいと思っているのが今の教育ではあるまいか。ただ育てるだけなら、苗木はすべて渋柿の芽になってしまい、甘柿の芽の発育は抑えられてしまう。全ての成熟は早すぎるより遅すぎる方がよい。幼少期は自我の抑止こそが一番大切だ。これが教育というものの根本原理だと思う」と書かれています。

  ところで、年を重ねると、もう一度会えたらいいなと思う人が増えてきます。特に岐路に立ち選択を迫られると、ふと、「あの人に会えたら」と相談したくなる人がでてきます。しかし、その人に偶然に出会うチャンスがあっても、相手は私の思いなんぞ忘却のかなたといった感じで、声をかけなければよかったと思うことも結構多いものです。でも、本の中で出会った人は違います。「もう一度会えたらいいな」と思っていた本に出会って、その本から肩透かしをくったりすることはありません。なにしろ、その本に出会った途端そのころの自分にまで会えてしまうのです。

 セピア色に変色してしまった『春宵十話』との出会いは、私の悩みを解決してくれた大事な人に会えた感動が彷彿しただけでなく、数学教師として歩くことを決意した当時を思い出し、40年前にタイムスリップしてしまいました。読書は活字を通しての人との出会いだとつくづく思う昨今です。10月27日から読書週間が始まりました。皆さんも、図書館や本屋さんに出向き『未見の友人』を探してみませんか。たった一冊の本が皆さんの人生をも左右するかもしれません。

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