2009/1/29 木曜日

なりたい自分

Filed under: おしらせ — admin @ 13:16:50

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 

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『なりたい自分』

                                学校長 荒木 孝洋

 本校では27日に専願・特待入試を行いました。1662名の受験生の皆さん、お疲れ様でした。せめて、少しでもゆっくりと休んで下さい。本当なら、そう声をかけたいところですが、受験に失敗したと思っている人やこれから公立高校を受験する人にとってはまだまだ息の抜けない日が続くことになります。

 「月々○円で、話し放題、断然オトク!」、携帯電話の値下げ広告です。つい聞き流してしまいそうになりますが、「話し放題」は「飲み放題」「食べ放題」とは根本的に異なることなのです。携帯電話のサービスによって消費されるのは、その人自身の財産である言葉なのです。同じ料金だから得した気分になるのは消費者として普通の心理ですが、この広告は、その財産をのべつまくなくはき出すことを推奨しているのです。言葉の大安売りはサルの群れにロゴス(言葉)を投げ込んでいる光景に似ています。「言葉は心の花束」と言った人がいますが、心身に不安や痛みをかかえている人にかけるいたわりの言葉のように傷ついた心をいやす花束のようなものだと言う意味でしょう。言葉ひとつでその人の人間性まで判断され、ぞんざいな言葉を使う人は態度もいい加減に見えてしまうこともあります。携帯とメールの急速な普及で、若者達は、『何時でも・何処でも・誰とでも』瞬時に情報交換できる利便性をフルに活用していますが、じっくり考えたり話す時間が不足しているようで気になります。友達同士では通用する言葉の交換をそのまま社会に持ち込み失敗する例も少なくありません。人が生きていく上で大事にしなければならない「待つこと」や「我慢すること」「じっくり考えること」などが奪い去られているとすれば大変なことです。一方では、手紙の書き出しに「拝啓」を書けない高校生が8割もいる(高校生の全国調査の結果)という報告もあります。メールと手紙に因果関係があるかどうかは判断しかねますが、皆さんはこの二つの事についてどう考えますか。手紙の書き方や文章の綴り方を知らなくともメールのやりとりには困らぬと考えるのか、電脳化時代の知の劣化と自戒するのか。結論は難しい。

 本校では、『フェイスtoフェイス』を教育の根幹に据えているので携帯の持ち込みは禁止しています。友や先生との触れ合いや体験活動を通して『知性と感性を磨き、信頼される人間になりたい』・『多くの体験や出会いを通して、人間として大きく成長したい』・『自分の役割を発見し、自ら行動し、社会の役に立ちたい』、そう思っている人には文徳高校はピッタシの学校です。文徳高校は『なりたい自分』に向かって新しい一歩を踏み出そうとしている皆さんを全力で応援します。

2009/1/13 火曜日

ノーベル賞

Filed under: おしらせ — admin @ 9:39:53

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     文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ

 『ノーベル賞』

     学校長 荒木 孝洋

 あけましておめでとうございます。暦の上では5日が小寒、20日は大寒と、一年で一番寒い季節を迎えましたが、野山の木々は春の訪れを待つかのように蕾を膨らませはじめました。2月4日の立春が待ち遠しくなります。『一年の計は元旦にあり』と言いますが、リーマンブラザーズの破綻に端を発した世界同時不況の影に気持まで萎えてしまい、目標もこじんまりしたものになってしまいそうです。バイタリティ溢れる若い皆さんには、是非、大きな目標を立て、日本の活路を見いだして欲しいと願っています。

 ところで、先日、NHKテレビで、ノーベル賞を受賞された4人の日本人の方々の苦労話や逸話が紹介されていました。その中のひとり下村さん(化学賞受賞)は佐世保出身で長崎大学卒業、熊本に近いと言うこともあって親近感を持ちながら話を傾聴しました。今回の受賞は40年前の業績、オワンクラゲの蛍光タンパク質の解明が評価されたものですが、実験用に採取したクラゲの数が85万匹にもなるそうです。「どうやって取ったのか」、「何年かかったのか」、気の遠くなるような作業を想像するだけでも畏敬の念を抱いてしまいます。オワンクラゲから抽出された光る物質GFPは医療界で大活躍しています。GFPを体内に注入するとGFPは癌細胞に集まり、そこに紫外線を当てると緑色に発光し癌が発見できるそうです。同じように糖尿病やアルツハイマーの発見・治療にも使われたり、繊維に注入して光る衣類の開発も試みられているそうです。

 振り返ってみると、下村さんの学生時代、昭和22年から26年は戦後の復興期であり食料も物資も全てが不足した厳しい時代でした。しかも、長崎は原爆による建物の被害も大きく、実験場所も器具もほとんどない、しかも夜9時には停電、月の明かりの中で本を紐解くような不自由な生活だったそうです。まさに“蛍の光・窓の雪”の時代です。蛍を見て「蛍の光はどうして熱が出ないのだろう。熱が出たら蛍は焼け死んでしまう。熱が出ない光があるのだナ」と思ったのもこの時期だそうです。「明かりへの渇望が無意識のうちに光研究の人生を歩むきっかけになったのかもしれない」と述懐されていました。現在は、アメリカに在住され、80才になった今でも自宅の地下に実験室を作り研究に明け暮れる毎日だそうです。「きつい」「汚い」「おもしろくない」と言っては途中で仕事を投げ出してしまう根性なしとは随分違うようです。

 考えてみると、我々日本人は衣食住何不自由なく生活していますが、むしろ、『知恵』や『やる気』は不足や不自由から産まれることの方が多いような気がします。時代の変革は不足や不自由に不満を述べることではありません。むしろ不足をチャンスと捕え、不自由に感謝しながら、そこに新たな物を創り出すことではないかと思います。下村さんは若い青年たちに「どんな時でも、もうダメだと思わず頑張ること!」と言うメッセージを送られています。

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