2009/5/25 月曜日

「ただいま」が聞こえる家庭

Filed under: おしらせ — admin @ 11:29:22

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ  

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                   『ただ今』が聞こえる家庭                          

                                                       学校長 荒木 孝洋 

新緑の季節、緑の木々がまばゆい。学校の北側に三本のケヤキがある。五月の風にまかせてしなやかに揺れ動く樹形と新緑には、見られるはずもない風の形まで見えそうだ。ケヤキの魅力は、何といっても樹形だ。漢字の「欅」のとおり、両手を挙げたように空に伸びていて、木の高さと枝の広がり具合が実にいい調和を見せている。

 私はケヤキが大好きだ。夏になると緑を濃くして茂る葉も、秋には黄葉となる。冬にはその葉をきれいサッパリと落とし芽吹きの準備に入る。夏の暑さにもめげず、冬の寒さにも耐え、春には緑の葉を天まで広げ、冬には枯れるにまかせたいさぎよさに自らの人生を重ねてしまう。 

 随分と昔の話になるが、ホームルームで「私の目指すもの」というテーマで、生徒たちに自分の未来像を書かせたことがあった。限られた時間だからそう沢山は書けないが、「宇宙開発に関する仕事をしたい」とか「介護の資格を取って、福祉の仕事を目指す」「子供が好きだから教師になりたい」など、若者らしい前向きで溌剌とした将来像が述べられていた。その中に、「『ただ今』が聞こえる家庭をつくりたい」と書いた女子生徒がいた。彼女には両親がなく、新聞配達のアルバイトをしながら、中学生の弟と小学生の妹の三人で祖母の家に身を寄せていた。日々の生活も決して楽なものではなさそうだった。書いていた文章をそのままは再現できないが、内容は今でも忘れることができない。次のようなことだった。「ある時、私は友人の家で期末試験の勉強をしていた。集中していたせいか夜になったのも気づかなかった。と、玄関の開く音がして『ただ今』という友人の父親の声がした。すると家族全員が『お帰りなさい』と言って、その帰宅を迎えた。私はその様子を見て大きな衝撃を受けた。それは、生活に追われて心のゆとりが持てない今、家族同士の中にお互いを敬愛する気持ちが消失していたのではないかということに思い至ったからだ。私も将来家庭を持ったら、家族の間で明るく挨拶ができる家庭をつくりたい」という内容だった。 

 私たちは「当たり前」と思っていることが、彼女には別世界の出来事のように思えたのでしょう。今は厳しい生活をしているが、将来は心豊かに生きようとする彼女の前向きで健気な生き方に感動しました。悲しいことや辛い出来事があると人は誰でも落ち込んでしまいますが、気持ちだけはケヤキのようにいつも大空に両手を広げて生きて行きたいと思う昨今です。

2009/5/13 水曜日

ゆらぎとたたずみ

Filed under: おしらせ — admin @ 11:09:25

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ  

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         『ゆらぎ&たたずみ』

           学校長 荒木 孝洋 

新校舎に移転し玄関のドアもトイレの照明も自動になった。ドアは人が出入りするたびに開閉するが、閉まったドアの前に何時まで立っていてもドアは開かない。トイレのセンサーも同様だ。入ると電気は点灯するが、長く座っていると消えてしまう。当たり前のことだが、センサーは実に精巧にできており、ドアもトイレの照明もかすかな時間内に動く「ゆらぎ」にしか反応しない。

 考えてみると、人間の五感もセンサーに似ている。変化や「ゆらぎ」には敏感に反応するが、止まっている物には鈍感で、物が近くにあっても気づかない場合がある。例えば、「視覚」は動くものに最優先で反応する。壇上で話していると、薄暗い会場の奥でも人が動くと目に入る。

「嗅覚」はかすかな臭いでも変化を感じとるが、同じ臭いが充満している部屋に長く居続けると臭いの感覚は消えてゆく。

「触覚」も同じだ。皮膚に何かが触る変化を感じとるが、身につけている下着は動かないので着ている下着の触感を感じとれない。つまり、人間の五感はかすかな変化にもセンサーのように敏感に反応するが、変化のない世界、「ゆらぎ」のない世界では働きがいったん止まることになる。そして、五感の微妙な反応は人の心に感動を呼び起こす。特に、子どもたちはそうだ。変化する光景に感動し、流れるメロディを聴いて感動し、なんともいえない匂いに感動し、おいしいものを味わい感動し、柔らかな肌触りに感動する。子供が育っていくためには感動を必要とする。いや、感動すること自体が生きている証かもしれない。

 しかし、機械センサーと人間の五感センサーには違いもある。機械は24時間いかなる状態でも同じような反応を示すが、人間の五感は変化ばかり続くと金属疲労を起こし作動しなくなる。同じ変化が続くと感度が鈍くなる。人の五感の感度を正常に保つには「ゆらぎ」に加えて「たたずみ」が必要だ。つまり、黙想や座禅などのように体を静止した状態にするとか、家庭や自然の中でユッタリとした時間を過ごす、睡眠といった「たたずみ」が必要だと考える。「ゆらぎ」と「たたずみ」のほどよいバランスが感動を本物に昇華する。授業や部活動、各種行事や体験学習を通して「ゆらぎ」の感動を! 窓から見える戸外の花や緑に、小鳥のさえずりに「たたずみ」を! 新しくなった文徳学園の新校舎の設計ポリシーは、机に座ったままでも「ゆらぎ」と「たたずみ」を享受できるということである。

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