2009/9/28 月曜日

小春日和

Filed under: おしらせ — admin @ 7:56:56

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第51号
                         

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                      『小春日和』

              学校長 荒木 孝洋

 秋の彼岸、藤崎宮例大祭が終わると一気に涼しくなる。山里はコスモスや彼岸花で彩られ田んぼの稲穂も黄金色に色づいてきた。いよいよ秋本番、熊本市近郊では秋の彼岸を「随兵寒合(ずいびょうがんや)」と呼んで衣替えの準備にはいる。「熱風よオサラバ、小春日和よコンニチハ」、雨も少なく台風も逸れている今年はことさら爽やかさが心地よい。 

この季節になると口ずさみたくなる歌がある。30年前に流行した山口百恵の「秋桜(コスモス)」(嫁ぐ娘とその母親の心情を綴った歌)だ。「うすべにのコスモスが、秋の日の何気ない陽だまりに揺れている。この頃、涙もろくなった母が庭先でひとつ咳をする。縁側でアルバムを開いては、私の幼い日の思い出を、何度も同じ話繰り返す。独り言みたいに小さな声で。こんな小春日和の穏やかな日は、あなたの優しさがしみてくる。あした嫁ぐ私に、苦労はしても笑い話に時が変えるよ、心配要らないと笑った。・・・こんな小春日和の穏やかな日は、もう少しあなたの子供でいさせて下さい」。小春日和は春の季語ではなく、秋の季語と、学校で憶えさせられた記憶がある。秋から冬へと向かう穏やかな小春日和は、なぜかもの悲しい。加齢のせいもあるが、幼き頃のとりとめもない母との会話を思い出し今でもこの歌が流れてくると涙腺が緩む。

 ところで、本校では、先週の土曜(19日)、元慈愛園園長の潮谷愛一氏を招聘して保護者対象の講演会を実施した。「大切な思春期」と言う演題で、子育ての要諦について示唆に富んだお話をお聞きすることができた。潮谷氏は大正末期にに創設された児童養護施設慈愛園に1972年から奥様(前熊本県知事潮谷義子氏)とご一緒に住まわれ、以来30数年、親のない子を引き取り、24時間寝食を共にしながら子供の養育に取り組まれてこられた。講演の一部を紹介する。「赤ちゃんの脳は0才から1才の間に400gから800gに成長すると言われている。この間、最も大事なことは赤ちゃんに『安心』を与えることだ。その意味で昔の子育ては正しかった。どの家庭でも、どの親も当たり前に行ってきたのが『おんぶ』に『だっこ』『添い寝』『オッパイ』だ。しかし、昭和40年代から日本の子育ては間違ってきた。そのことに気づいたが戻すのに20年もかかってしまった。口惜しい。親子の早期分離を促す政策を実行したアメリカでは難問山積、日本の昔の子育てを参考に施策の転換を図っている。その結果、母乳による授乳率が75パーセントに上がった。日本は未だに50パーセントにも満たない。母親からもらった『安心』と言う温もりが、子供にとっての母港になる。母港があるから子供は自立に向けて成長できる。母港のない子は青年期になって親に反抗したり親を無視する。親は戸惑いオロオロし、親子関係を修復できないまま犯罪や閉じ籠もりに繋がるケースすらでてくる。中高生の子供でも0歳児と同じように親の愛情が必要だ。それは『寄り添う』こと・・・」と。

 誰もが小春日和を心地よく感じるのは、『安心』や『やすらぎ』があるからだろう。鳩山首相の友愛精神にも『安心』『やすらぎ』が含まれていると信じたい。コスモスは明治時代に飛来した外来種だがすっかり日本の秋になじんでいる。不透明で不安定な昨今の経済情勢だが、時には、コスモスの花や歌を愛でながら「小春日和」に身を委ねる時間を持ちたいものだ。

2009/9/7 月曜日

心の五感

Filed under: おしらせ — admin @ 13:21:57

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第50号

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                                    『心の五感』

                            学校長 荒木 孝洋 

  世界中を震撼させている新型インフルエンザ蔓延の中、二学期を迎え一週間が過ぎた。本校も例外ではない。感染拡大を阻止するため、課外中止や寮の閉鎖、アルコール洗浄器の設置、うがい・手洗いの励行など可能な対策と予防策を懸命に実施している。新たな罹患者は少ないが熱発する生徒は後を絶たない。症状は軽いが気が抜けない。

  8日からは中学二年生は修学旅行、京都・奈良の見学に加え、ヨットやカヌー体験、まがたま作り、比叡山での座禅体験など盛りだくさんのメニュー、無事に研修が終えることを祈っている。 

   ところで、インフルエンザとは関係なく、年を取ると身体機能が徐々に落ち病原菌への耐性も快復力も低下する。外界を感知するために備えている五感もそうだ。嗅覚を除いて視覚、聴覚、触覚、味覚は間違いなく機能が落ちてくる。耳は遠くなり眼は霞む、触ると嫌がられそうな皺だらけの手、味覚も片寄ってくる。老化による五感の感度低下は如何ともしがたいが、年令と共に「心の五感力」は間違いなく磨かれてくる。例えば視力を考えてみよう。「みる」を漢字で書くとそれがよくわかる。「見る(ながめる)」、「視る(みつめる)」、「観る(想像してみる)」「看る(手で触ってみる)」、「診る(器具を使ってみる)」、「省る(心の目でみる)」。視力は落ちても、人の内面や、物事の現象とその背景、人生の陰と陽など見据える力(省る力)は若い人には負けないつもりだ。声の調子や言葉の使い方、音色、抑揚などから心の在り方を聞き分ける聴力、周りに漂う空気が温かいか冷たいか感じ取る触力、信用できるか否か嗅ぎわける嗅力、言語非言語を問わず人とキャッチボールできる味力、いずれも磨きさえすれば年輪と共に鋭くなる。 

   一方、世の中には五感に障害を持っている人も多い。私の初任は盲学校だが、視覚は機能しないが素晴らしい「心の五感」を持っている生徒に出会い多くのことを教えられた。目が見えなくても耳や匂いで周りの雰囲気を理解し上手にコミュニケーションできる生徒が何人もいたし、若い教師が生徒の気配りに圧倒されることもしばしばであった。生徒諸君には様々な体験や学習を通して「心の五感力」を磨いて欲しいと思っている。磨いて身につけた力が「生きる力」であり「人間力」である。

  キーワードは「触れ合い」。人との触れ合い、本との触れ合い、自然との触れ合い、食との触れ合い、場所も時間も問わない。秋は豊穣の季節、読書の秋、食欲の秋、スポーツの秋とも言われ、「心の五感」を磨くには絶好の季節だ。

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