2009/11/17 火曜日

理髪師の引退

Filed under: おしらせ — admin @ 8:57:37

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第55号

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                                         『理髪師の引退』

                                                                    校長 荒木孝洋

 30数年間お世話になっている理髪師がいる。私と年もそう変わらないから60才を過ぎているだろう。彼は中学卒業と同時にこの道に入ったそうだ。最初の出会いは彼が30才過ぎの頃だった。住居の近くに彼の店があったのでたまたま立ち寄ったのがきっかけ、以来、定期的にずーっとお世話になっている。今でこそ口調がかなり穏やかになったが、世間を少し斜めから見て歯に衣着せぬ物言いは昔と変わらない。俗に言う肥後モッコスかもしれないが、考えや見方には同感することも多い。私が学校の先生であることを知ってだろうが、調髪している2時間ばかりの間に高校生のことをいろいろ話してくれる。あいさつのいい学校・そうでない学校、○○高校のスキャンダル、若者の言葉遣い・服装、昨今の教育に関するコメントなど・・・etc。時には、「学校の先生、しっかりしてよ」と手厳しいコメントもある。

   断片的な観察に基づく彼独特の高校生観だが、髪型の変遷と若者の気質や行動形態の変遷には相似感がある。彼は、高校生とのさりげない会話から若者の世相を敏感に感じ取っていたようだ。 先日、その彼が「そろそろ仕事を辞めたい」と漏らした。「最近は、若者が散髪に来なくなった。お客さんは年寄りばかりだ。幼児から若いサラリーマンまで皆パーマ屋(美容室)か千円床屋に行く。理容学校は学生がいないし、教える技術者も高齢化で減ってしまった」。さらに続く。「お客さんの無理な要望に『似合う、似合わない』と大喧嘩していた一昔前が懐かしい。

   残念ながら、最近の若者の髪型はみな一様、ボウボウ髪。私はひげ剃りをマスターするのに3年かかった。コテはさらに難しい。練習に練習を重ねて、地肌から1ミリ離れた髪にコテを入れることができるようになり客も増えたが、今は自分の髪型を『こうしてくれ』と要望する客もいない。若い理美容師は、ワンパターンの髪型をハサミと整髪料を使ってただ人の頭にのせているだけ。それを、マスコミは『カリスマ○○師』ともてはやす。ひげ剃りもコテも使えない理美容師、髪を切るだけなら素人でもできる。悲しいかな、技術も会話も無縁の世界になってしまった。『髪は男の身だしなみ』今でもそう思っている。『最高のおしゃれを提供すること』に命をかけた50年の床屋人生にそろそろ終止符を打ちたい」と。 

   最近の世相を見ると、髪型だけでなく考え方まで一様化しているようで気になる。例えば、人気女優が薬物疑惑で逮捕された事件について 、マスコミはこぞって「清純派であるのに信じられない」とコメントした。「清純派」とは「生活が清廉で純粋である」と言う意味だが、語源に基づく事実分析がなされないまま彼女を「清純派」だと世間は認知する。いつの時代でも、社会の諸事象には様々な見方があるはずだが、最近の日本人は、急いで結論を求めたがる。しかも、他人が与えた結論を根拠に『よい』か『悪い』と二者択一する傾向にある。コメンテータの論評も一様で比較しようのないコメントばかり。忙しくて自分の頭で考える時間がないのか、考えるのが面倒くさいのか、理由はわからないが、「多様な見方があるが自分はこのような考え方でこれが最も妥当だと思う」と言った論理的組み立てを苦手とする国民が多くなってしまったようだ。個性的な髪型やこだわりのファッションを推奨するわけではないが、思考の論理性が矮小化され、物事がファッショ的に一方向に進んでいく状況は戦前に似ており、日本の行く末が心配である。

2009/11/4 水曜日

シャボン玉

Filed under: おしらせ — admin @ 11:03:26

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第54号

                  

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              『シャボン玉』

                     学校長 荒木 孝洋

 先月の18日(日)、本校吹奏楽部は崇城大学市民ホールを借用して、崇城大学との合同定期演奏会を実施した。昨年までは、部員が少なく大学の定期演奏会に数名が友情出演させていただく位だったが、開校50周年に向けて吹奏楽部を再興したいとの思いから部員を募集したところ、1・2年生28名が集まり念願の定期演奏会が実現した。

 子供からお年寄りまで全ての年齢層の方々に楽しんでいただけるよう幅広い音楽を準備し、第二部では明治維新の小学校唱歌をテーマにして演奏を行った。「シャボン玉」「結んでひらいて」「ちょうちょ」etc・・・。

 指揮者森義臣先生は、それぞれの歌にコメントを添えて演奏を進められた。『シャボン玉』の歌詞とコメントを紹介する。

 《シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ 屋根まで飛んで こわれて消えた》

 《シャボン玉消えた 飛ばずに消えた 産まれてすぐに こわれて消えた》 

《風、風、吹くな シャボン玉飛ばそ》

《コメント:作者の野口雨情は、生後7日目に人形のように愛らしい赤ん坊であった長女みどりさんを亡くしている。長女の死を悔やんでいた雨情は、ある時、近所の少女たちがシャボン玉を飛ばしているのを見て、娘が生きていればこの子たちと一緒に遊んでいただろうと思い書いた詩が『シャボン玉』だそうです》。 

 歌詞の《シャボン玉》を娘の《みどりさん》に置き換えると、雨情の心痛と重なり歌が切なく聞こえてくる。

 演奏会終了後、生徒から聞いた話だが、森先生は練習の段階から「歌が作られた背景や作者の思いをしっかりと心に留めて演奏しなさい。自らが感動することで聴く人にも感動を与える」と教えられたそうです。

 同感だ。教えていただいた森先生の音楽家としての造詣の深さに感服し、同時に、それを実践した生徒もサスガだと感心した。 観客の方を感動させながら大成功のうちに演奏会は終了した。音楽は五感を総動員したコミュニケーションと言われるように、同じ時間と空間を共有することで、音楽を媒体として演奏する人と聴く人の想いが一体となる。演奏者は作曲や編曲はもちろん、ショーの構成や音響、司会の内容まで準備し、「ここは強く」とか「速く」と想像力を働かせながら懸命に演奏する。そして、聴く人も想像力を働かせて作品の時代背景や作者の心情を理解しようと懸命に音を追いかける。お互いの創造力は何百年前の音楽を今一度生き返らせ、何百年も前に亡くなった大作曲家とコミュニケーションがとれたことになる。音楽は素晴らしいコミュニケーションツールだ。

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