2009/12/25 金曜日

やわらかな親の心

Filed under: おしらせ — admin @ 11:30:22

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第57号 

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                                            『やわらかな親の心』
                                                       学校長 荒木 孝洋

先日、ラジオから「今日から6泊7日の冬の旅が始まります」と流れていましたが、寒い寒い冬が到来しました。慌ただしい年の瀬を迎え、間もなく新年を迎えることになります。本校では18日に終業式を行い、冬休みに入りました。2学期は新型インフルエンザの流行に伴い500名近くの人が罹患し、感染を防ぐために文化祭の一般公開も取りやめました。まだまだ油断できません。3学期には1年生の修学旅行や3年生の受験が控えています。手洗いうがいに加え、適度な運動をすることで体力・耐力をつけ厳寒期を乗り越えて欲しいと願っています。

ところで、子供の感性には時々ドキッとすることがあります。特に幼児は、見たまんま、感じたまんまを言葉にしたり真似たりします。両手を後ろに組んで歩いている孫の姿は私の散歩姿とそっくりです。危なっかしくブランコに乗っては「お月様がまわっている」とはしゃぎ、下り坂を走っているトラックを見ては「トラックがすべっている」と喜びます。そんな孫を見ていると、必死に子育てした昔を思い出し苦笑いしてしまいます。子育てと違って、ふたまわり目の孫育ては「いとおしさ」にもゆとりが出てきます 山上の憶良の和歌に『銀(しろがね)も金(くがね)も玉も何せむに、まされる宝子にしかめやも』という句があります。時代や地域の影響で子供の育て方は違うでしょうが、親が子を思う気持ちは昔も今もかわりません。明治期に五百社以上の創業に関わった渋沢栄一(1840〜1931)の母親・えいは、栄一が子供のころ、寒い北風が吹くと、風邪を引かせないようにと、栄一の羽織を抱えて遊び場所を探して回わったそうです。「栄一はいませんか」と尋ねながら、たんぼ道を子供の羽織を抱えて走る姿は、村の名物となり、「おえいの羽織」と呼ばれていたそうです。また、棋士の谷川浩治さんの父親は、5才の谷川少年を自転車で将棋教室に連れて行き、我が子が将棋を指しているのを外から窓越しに見つめていたそうです。それを見て、往き交う人が「将棋がお好きなんですね」と尋ねると、父親は「いえ、子供が楽しそうに指しているのを見ているのが楽しいんです」と答えたそうです。ほんの些細な出来事から言い合ったり、喧嘩をしたりするのが親子の関係ですが、そんな日常の中でも親は子供の健康や将来について心配し、柔らかな心で見守っていると言えましょう。そのような親の姿が、子ども達にとって大きな安心感になっていくのではないでしょうか。

  私は、実家のことや父母のことを子ども達にも話すように心がけてきました。例えば、自分が幼児の頃、どんな部屋でどのように父母と過ごしていたか、家でどのような手伝いをしていたか、どんな遊びに興じていたかなどです。「親の背中を見て子は育つ」と言いますが、親の生き方や心の在り方から学び、それを自分の心としていくことは、子供にとって、生きる勇気や温かな心、感謝の心の源泉となるはずです。祖父母やその祖先を思うことでも、いっそう育まれていくものと思います。

  学校の玄関には、保護者会の皆さんの尽力で素晴らしい門松ができました。厳しい時代ですが、「節目を大事にして欲しい」という親から子への温かいメッセージです。子ども達は、冬休みになると、「新しい環境」や「違った交友関係」の中で生活することになりますが、変化の中で、自らの知性や感性や耐性を鍛えて欲しいと思っています。「文徳にきた。文徳をした」、区点を変えると「文徳にきたぶん、得をした」となります。そんな冬休みであって欲しいと思っています。皆様よいお年をお迎えて下さい

2009/12/3 木曜日

不について考える

Filed under: おしらせ — admin @ 8:40:05

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第56号 

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                                『不について考える』              

                                                     学校長 荒木 孝洋  

  人も自然も『チェンジ』の大合唱だ。山の木々は緑から赤へ、深紅に変身したモミジが目映い。平成になって20年、世の中も初めて政権が交代した。歳をとると、自然の変化には敏感になるが、世の中の『変化』には弱くなる。さあこれから何処へ連れて行かれるのだろうか。不安はあるが仕方がない。 
  昭和を振り返ると《変わらないこと》が理想で美徳だった。  昭和49年に引退した長嶋茂雄の引退セレモニーの言葉《巨人軍は永久に『不滅』です》に象徴されるように『不』のつく言葉を自らの生活指標に重ねたものだ。不撓不屈の精神、不眠不休の努力、堅忍不抜もそうだ。政治体制は『不変』をよしとし、思想は『不壊』の真理を追い、芸術は『不朽』の名作を生み出そうと・・・随分無理をしたものだが、日本人はこぞって『不』のつく言葉をキーワードにプラスイメージを持ちながら《変わらないこと》に努力を積み重ねてきた。しかし、同じ『不』でも、最近はマイナスイメージの『不』の使用頻度が高まっているようで気になる。不平、不満、不安、不服、不信、不純、不良、不振、不徳、不覚、不平等、不登校、不明朗・・・経済不況の世相を反映してか、日本語がめっきり暗くなった。地上に吹き出したマグマ『不』のオンパレードのようだ。限られた年限の人生を生きていくにはそぐわない言葉ばかりだ。
 
  ところで、昨日、帰宅途中のカーラジオから爽やかなメロディが流れてきた。歌手も曲名もわからないが、繰り返される歌詞の一節に違和感を覚えた。「・・・春が来て 春が来たかと思ったら夏が来て 夏が来たかと思ったら秋が来た 所詮最後は寒い冬」。今の世相を巡り来る季節になぞらえて歌にしたのだろうが暗い気持ちになってしまう。「冬でなく春を最後にしたらどんな歌になるのかな?」と思い、歌詞の順序を変えてみた。「・・・夏が来て 夏が来たかと思ったら秋が来た 秋が来たかと思ったら冬が来た きっと明日は温かい春」と。季節を『チェンジ』するだけで歌のイメージが変わってしまう。厳しい世相だが、歌もエンディングが『冬』ではつらい。せめて温かい『春』を残像にしてプラスイメージで歌って欲しいと思った。 
 日本人は昔から、時代の転換期には『不易と流行』という言葉で『チェンジ』の可否を論争してきた。変えてはならない『不易』を変えると人心が荒むし、変えなければならない『流行』を先延ばしするとツケが大きくなる。『不』も似ている。マグマの固まりのような『不』のついた言葉ばかり使っていると日本丸は沈没してしまう。せめてプラスイメージの『不』を多く使いたいものだ。平成22年に文徳学園は開校50周年を迎える。不易の校是『凌雲の志高く、仁・愛・礼・義の道を歩む』と『チェンジ&チャレンジ文徳・さらなる飛躍』を合い言葉に学園半世紀の折り返しを迎えたい。

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