2010/6/22 火曜日

さらば電子辞書

Filed under: おしらせ — admin @ 11:17:01

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第68号

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         『さらば!電子辞書』 

                 学校長 荒木 孝洋

 最近の電子機器の発達はすさまじい。CD一枚に数百枚、デジカメの小さなチップに百枚を超える写真が記録できる。私のようなアナログ人間には到底理解できない。さらに、私を驚かせているのが電子辞書である。国語・漢和・英和・和英辞典に始まり、スペイン語・ドイツ語・フランス語・イタリア語はもちろん、家庭の医学・俳句季語・人名地名辞典等々がひとつに納まっている。年配の者には便利なため、私も利用しているが、その度に、あの膨大な量のデータが、薄くて小さな箱の何処に隠れているのか不思議でならない。開発した人の頭脳と、データを入力した人の努力に敬意を表するばかりである。 

 本校でも、授業を見て回ると机上に電子辞書を見かけるようになった。分厚い辞書と違い、かさばらず、簡単に引き出すことができるので重宝しているのであろう。しかし、時代の流れとはいえ、高校生の中に堂々と居場所を確保していることに、どうしても違和感がある。電子辞書を使うことに難儀を避けようとしている気はないか? 

 この便利なものに比べ、重く厚い辞書を引くときのことを思いおこす。新しい辞書を開く。単語に赤鉛筆でアンダーラインを引く。上下の派生語を確認する。しばらくして、同じ単語を引く。そこには既に赤いアンダーライン。「何で覚えられないんだ」と同じ単語を何度も引く自分に腹を立てる。そのうちに辞書は手垢で黒ずんでくる。その頃になると辞書がとても大切でいとおしくなる。そして、さらに時が過ぎ社会人となったとき、その辞書は青春の語り部となる。

 しかも、問題は辞書をはじめとする電子機器ばかりではない。「すぐ分かる○○」と言う参考書も危ない。よく分かるとは、裏を返せば勉強する者に難儀をさせないようにしており、考えなくてもたやすくゴールできるようにとの願いが込められて作られている。それで理解できた力が、はたして何時まで残り、生きる力となりうるのだろうか。私ども教師に思いあたることがある。教師は分かる授業に心血を注ぐ。しかし、スムーズに進み、生徒の頷く姿に安心したときに限って、テストをすると成績が悪いことがある。これに比べ、冷や汗かいて苦労してやっと終えた授業後の成績の方が良いという皮肉なことも起こる。要するに、生徒も一緒になって一生懸命考えたのである。

 タクシー運転手には認知症が少ないと言う話を聞いたことがある。客から行く先を聞いただけで、町中の地図を頭に描く作業を一日中しているわけだから、この話はすんなりと納得できる。でも、カーナビが表れた。となると、この話も怪しくなる。確かに忙しい中、効率化は非常に大切なことであるが、便利さには落とし穴がある。咀嚼しやすい物ばかり食べているとアゴの発育に障害が出るように、便利さだけを求めていると考える力が弱くなる。図鑑で見る山野草も歩いてみるとその美しさが実感できるように、苦労してこそ真の「生きる力」が育まれると確信する。中・高生諸君に告ぐ。『易きにつくな。さらば!電子辞書』。学習の要諦は『急がば回れ』だ。

2010/6/11 金曜日

里の声

Filed under: おしらせ — admin @ 9:19:17

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第67号 
           『里の声〜ふるさとが危ない〜』

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                       学校長 荒木 孝洋
 「里に3つの声が響いていれば、その里は幸せである。子どもが一生懸命本を読む声。大人が仕事に出かけるとき『さあ!頑張るぞ!』と発する元気な声。そして、年を重ねた人が『自分の里はここだ』とホッとする安心の声。この3つの声が響きわたる社会はいい社会だ」という話がある。
 先日、6月8日の熊日新聞にこの話とオーバーラップする記事が掲載されていた。花立記者のデスク日記〜ふるさとが危ない〜と題した記事である。抜粋して紹介する。
 『安心して暮らせる地域とは。条件は様々だろうが、強いて三つあげれるとすれば、一定の収入が確保できる働き口、高齢者でも歩いてい行ける商店や病院、そして、低学年の児童も徒歩で通える小学校、というところだろうか。しかし、いま県内を見回しても、三つの条件を満たす地域や集落は少ないに違いない。人口や産業がある程度集積している熊本都市圏はまだ恵まれている。周辺部の市町村には、人口流出と少子高齢化が進み、いずれの条件も満たせず衰退の一途をたどっているところも多いことだろう。・・・主軸の農水産業は輝きを失い、観光産業も景気低迷の中で苦戦。繁華街のシャッター通り・・・今後は小中学校の統廃合も進む見通しで、小さな集落からは子ども達の声すら聞かれなくなってしまいそうだ。・・・再生のヒントは・・・紙面を通じてふるさとの明日を考え、応援したい。』と。
 私が生まれた山都町(旧清和村)鶴ケ田も〜ふるさとが危ない〜限界集落に近い。今でこそでこぼこ道も舗装され、何処へでも車で往き来できる便利な状態になったが、肌で感じる風景は子どもの頃とはどこか違う。農家の働き方も変わり、定期バスも運行停止、近くで遊ぶ子どもの声も聞こえない。廃校になった小学校と中学校はケアーハウスと材木置き場に変わっている。里帰りの回数も減ってしまったが、今も変わらぬ山や川や田んぼを見ると50年前の子どもの頃が懐かしく蘇る。山あいの30戸ばかりの農家が寄り添うように居住している小さな集落だが、小学生だけでも100人を越えていた。お宮の境内は子どもの格好の遊び場だった。田植え、茶摘み、稲刈り、脱穀、籾すり、刈り干し切り、冬場を除くと大人も子どもも忙しく動き回ってはいるが、村中に賑やかさと安定感があった。年長の子が小さい子を庇護するのは当たり前の世界。子ども同士のいじめ(悪戯)や喧嘩は日常茶飯事だが、子どもなりに加減を知っていたし、大人の叱りにもゆとりがあった。「こら!」の一喝。 
 ノスタルジックな話になってしまったが、「我が村を町を何とかしなくては」、と過疎地で頑張っている人も結構いる。「街おこし」「おばさんパワー」など、効果が見え始めた自治体も増えつつある。年寄りが、「田舎へ帰ろう」と訴えても、過疎化や少子化が止まるわけではない。生活環境と社会のシステムが大きく変わってしまった現代、むしろ、過疎地の目指す方向は「若者よ田舎に帰ろう」ではなく「人は減ったが、住んでいる人が生き生きと安心して生活できる街作り」ではないかと考える。
 金融のグローバル化に伴う構造改革は避けて通れない現実だし、人の生活様式は変わらざるを得ない。そんな時代背景を考えたとき、「田舎へ帰ろう」だけでは何も解決しない。親子の家族同居はできなくても、家族がいなくなったわけではない。交通網も通信ネットワークも以前と比べると数段良くなった。だとすれば、離れて暮らす家族の往き来は昔より楽になったはずだ。「親子いっしょに住まなくても、孫を連れて実家に帰ることが新しい家族関係だ」、と考えると、気持ちが前向きになれそうだ。コンピューターが主人公のような時代だが、若者には、昔の人が築き上げてきた人間的な知性と情感をしっかりと受けとめられるような社会をどうしたら構築できるか真剣に考えて行動して欲しいと思う。

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