2010/8/24 火曜日

灯台が危うい

Filed under: おしらせ — admin @ 16:37:31

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第71号 
        

        k1.JPG     k2.JPG

               『灯台が危うい』

                        学校長 荒木 孝洋

 立秋が過ぎたがいっこうに涼しくならない。それでも、明日から豊穣の秋、2学期が始まる。皆が元気溌剌と登校してくることを心待ちしている。 

 先日、海上保安庁のホームページを見ていてびっくりした。保安庁職員が出している学術論文の執筆者一覧に40年前に担任したK君の名前を見つけた。一瞬目を疑ったが間違いなく彼だ。じわーっと嬉しさが込み上げ、同時に、ふたりで苦悩した高校時代が走馬燈のように蘇ってきた。K君は、所謂、今で言うなら不登校。休みがちな彼の家まで何度も足を運んだ。「どうしたら学校に来るようになるのか」、いっしょにメシを食ったり、とりとめもない話をしながらヒントを模索した。進路選択についても意思を示さない。しかも、彼の成績からして、合格できる学校は限られている。やっと探した進路が『海上保安学校水路科』、海の地図を作る仕事だった。入学はしたものの、山育ちの彼に海の仕事が続くか不安はあったが無事卒業した。最初の赴任地が八丈島の灯台である。嬉しそうに電話してくれたのがつい先日のような気がする。カツオ・マグロ漁船の安全運行を司るのが主な仕事である。昼間は灯台のレンズを磨いたり、機器の点検、夜が本業である。雨の日も風の日も間断なく46キロ先まで照らさなくてはならない。灯台守と聞くと、何となくロマンティクな仕事のように思えるが、舟を守る気概と責任感が、電話先からだが彼の口調から感じ取れた。 

 ところで、船の航路安全を守る灯台は今でも健在だが、子どもの安全を守る灯台は崩れかけそうになっている。例えば、昔の学校は、灯台のように高い存在であったし、文化の発信地としてその発する光も強かった。親や地域住民もしかり、生活は貧しかったが、皆が同一方向のベクトルで光を発し子育てにあたっていた。親は教師に全幅の信頼を寄せ、躾や教育については学校への依存度が高かった。だから、自分の子に対しても、隣の子に対しても、褒める言葉も、叱る言葉も、皆似かよっていた。しかし、残念ながら、今の学校は全然高くないし光も強くない。なぜなら、いくらでも学校外に情報はあるし発信源もある。未熟な子どもからすれば、そちらの方の光が楽しそうに見えるし、「先生の言っている夢や希望は全然輝いていない」と思うことだろう。周りにある虚飾の、虚栄の光ばかりが強くて迷子が増えている。 振り返ると、昭和40年代の高度成長期を境に、貧困という言葉を忘れてしまった日本人は、個人の価値観も多様化し、老いも若きも、考えや行動が共存から競争へと転換した。「自分さえ輝けばそれでよい」と考える風潮は日本をダメにする。人間の最大の幸せは『周りの人が幸せになること』なのに・・・。昔の我々大人がそうだったように、小学生や中学生は、無邪気に元気にはしゃぎ、夢を追いかけるのが自然な姿だ。そんな子どもたちが、自分の殻に籠もったり、夜な夜な遊び回るような刹那的な生活を送っていることには耐えられない。

  先の参議院選挙では、教育のことがほとんど争点にならなかったが、政治家は子供の灯台守に徹して欲しいと願っている。子どもの成長には差がある。早熟だけを求めてはいけない。大人もそうだったように、大器晩成型の子でもじっくり育てる心のゆとりが大切だと考える。政策も財政的な裏付けも時の政権の意向次第で、学力向上などの結果責任だけを求めるようでは日本丸の進路は危うい。物的資源のない日本丸の宝は人材だ。八丈島の灯台を守ったK君のような気概と責任をもって子どもたちの夢や希望を膨らます政策の立案を期待する。

Copyright(c)2009 Buntoku high school, All rights reserved.