2011/1/27 木曜日

「刻舟」

Filed under: おしらせ — admin @ 11:10:22

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第78号

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                                『刻舟(こくしゅう)』

                                            学校長 荒木 孝洋 

   大寒を過ぎてもいっこうに寒冷が緩まない。今日は、専願・奨学生の入学試験、本校でも1725名の受験生が緊張した面持ちで問題と格闘している。若者にとっての入試は越えねばならぬ試練のようだが、「春よ来い、早く来い」の心境だろう。もうすぐ春、寒気や難関との格闘ももうしばらくの辛抱だ。ガンバレ受験生。

 ところで、寒い冬に出会うあったかな物は、気持ちまでホッとさせてくれる。たき火、こたつ、ストーブ、焼き芋、おでん、鍋物、熱燗等々・・・数え上げるだけでも暖かな気分になってくる。言葉もしかり。最近の新聞や雑誌には、不満、不信、不安、不況、無縁、格差・・・心まで凍てつくような言葉が氾濫している。せめて、互いに交わす言葉には「お元気ですか」「お忙しいところわざわざ」等、相手をおもんばかる温かい言葉が欲しい。

 久しぶりにあったかな記事を見つけたので一部抜粋して紹介する。『成人の日に、仲間とつながり世の中へ』(1月10日の朝日新聞)と題した若者へのエールの記事だ。「大人の目にさえ、君を取り巻く状況は厳しく映る。君は経済が右肩下がりの時代を生きた初めての世代のなかにいる。長期停滞から抜け出せない日本は、前例のない少子高齢化社会に突入している。君たちの肩には今後、国の抱える膨大な借金と、増え続ける年金や医療費の負担がのしかかる。アジアの他国が台頭するなか、君たちは、内向きだ、草食系だ、専業主婦願望が強いなどと評されてきた。・・・電車でゲームや携帯に没頭する君たちを見ると大丈夫か、と心配が先に立つ。君たちは携帯やデジタル機器とともに育った。雲は坂の上ではなく、インターネットのクラウドにあり、フェイスブックを通じて、世界中の人々と重層的に繋がっていく可能性がある。大人たちはかって、『人生の目標は自己実現だ』なんて力んでいた。でも君たちは何か違うものを持っている。それは『仲間』なのだろう。仲間との繋がりはとても大切。でも仲間とだけでなく、いろんな人と話してみてはどうだろう。電子辞書を持って町に出る。自分の置かれている状況を知る。その上で仲間と連携して世の中を変えていく志を持つことだ」という記事だ。

 「刻舟(こくしゅう)」という言葉がある。楚の国の男が舟で揚子江を渡るとき、誤って剣を水中へ落とした。男は慌てて舟べりに刻みを付け、岸に着いて、その目印のところから潜って剣を探したという話。つまり、「刻舟」は時世の変化に気付かず、いつまでも古いやり方を守る愚かさをいさめた寓話だ。乗っている舟は変わらずとも、周囲の水は刻々と変わる。居心地のよい空間や時間ばかりを過ごしてきた人ほど景色を見ないのはいつの時代も変わらない。『坂の上の雲』ばかり追い求めて生きてきた我々団塊世代への警鐘として受けとめたい。マスコミも若者の生活実態を寄って集って否認する傾向にあるが、それでは「刻舟」の寓話と同じだ。『ネットのクラウド(雲)』に生きる若者の考えや想いに『坂の先のガケ』対策のヒントが潜んでいるはずだ。グローバルな社会の到来、日本丸の操舵も「頼んだゾ」と若者に託す時がきたようだ。 

2011/1/13 木曜日

3分間待つのだ

Filed under: おしらせ — admin @ 11:31:21

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第77号                

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               『3分間待つのだ!』

                         学校長 荒木 孝洋

 新年明けましておめでとうございます。久方ぶりの大雪、身が引き締まるような寒波の年明けでした。昔から、農山村では元旦の雨や雪は「富正月」といって、その年が豊作である証だとして喜ばれてきました。さらに、今年は兎年、目が可愛くてピョンピョンと元気に跳びまわり、しかも、多産であることから元気印の象徴として皆から崇められています。兎の「う」は卯と書き、兎年ではなく卯年と書きます。卯は「繁る、茂る」といった慶事の意味があるそうです。凄まじい不況風が吹き、暗い話題ばかりの日本列島ですが、ウサギにあやかり元気を出さなければと思う新年でした。

 ところで、今年の正月は5泊6日の夫婦ふたりだけの長旅をすることができました。旅先は自宅、こじらせた風邪のせいで寝正月になってしまったのです。空腹だが、感覚がマヒした味覚は何を食べても働かない。酒もまずいし、おせちも箸が進まない。習慣病的に吸っているタバコもうまくない、間断なく続く鼻づまりと咳、寝食共に最悪状態。そんな時、食器棚にインスタントのカップラーメンを見つけた。蓋を半分ほど開け、お湯を注ぎまた蓋をする。待つこと3分間、蓋を取ると、ほどよく柔らかくなった麺とかぐわしい匂いが漂う。少年時代の懐かしさとも相俟ってやっと至福のひとときを持つことができた。どうも「待つこと3分間」が食欲の萎えた胃袋を奮い立たせたようだ。 思いおこせば、インスタントラーメンやインスタントコーヒーが登場したのは50数年前、私が大学生だった頃のような気がする。講義の合間や夜食に、友達とワイワイ騒ぎながら競争するようにして作り食べていた記憶がある。値段は忘れたが、「お湯をかけての3分」という時間感覚は今でも体が憶えている。当時、公衆電話も十円で話せる時間が3分だった。ボクシングの1ラウンドが3分、相撲の仕切りも制限時間は3分。TV放送「子連れ狼」でも大五郎に「3分間待つのだぞ」といった台詞を想い出す。わずか3分だが、この時間が、「子供を大人に成長させ」、「無から有を作る」大事な力になっていたような気がする。

 ところが、グローバルな社会の到来と共にスピードが重宝され、「待つこと」を嫌がる傾向にある。瞬時に繋がる携帯やTVが重宝がられ、宅急便と名のつく物流システムもあっという間に定着した。しかも、配達が一時間遅れただけで大騒ぎする。全国に張り巡らされた新幹線網は移動時間を飛行機と競い、地元民の足であるローカル線は廃業寸前。ネットのニュースは一日中更新され、内閣支持率も毎週人気投票のように公表され、首相の言葉ひとつで乱高下・・・「そんなに急いで何処へ行くの?日本人」。インスタントラーメンも「3分間の待ち」があるからうまく感じる。伸びたり縮んだり、走ったり休んだりするから人生が膨らむ。「スピードは本当に人間を幸せにするのか?」ここはひとつ3分間待って考えてみようではないか。「ウサギとカメの競争」で昼寝した兎は亀に負けてしまったが、「油断大敵」の箴言として引用するばかりでなく、「縮みの蓄え」と考えればウサギも浮かばれよう。

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