2012/4/23 月曜日

まず褒める

Filed under: おしらせ — admin @ 10:27:54

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第96号 

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『まず褒める、そして叱る、また褒める(叱り方の極意)』

                     学校長 荒木 孝洋

 近所に躾の行き届いた犬がいる。絶対に吠えたり、人を噛んだりしない。あまりにも温和しく無駄吠えもしないので《このワンちゃん声帯でも取ったのか?》と思うほどです。一度映画館に連れて行ったが、映画の間中吠えなかったそうです。私が飼い主に「どうやってワンちゃんをそんな良い子に育てたのですか?」と尋ねると、「まず、何か出来た時、いっぱい褒めてあげるんです。抱いてあげたり、なでてあげたり、優しい声で褒めてあげるんです。出来る度に毎回毎回。良い子でいたら必ず褒めるんです。それから、吠えていけない場所で無駄吠えすると叱るんです。母犬は子犬の首を噛んで叱ります。だから、私も犬の首を軽く噛んで注意するんです。そうすると、これはいけないことなんだ、というのが犬にわかるんです。それと、低い呻り声で叱る母犬の真似をして、私も叱る時は、低いうなり声で子犬を叱ります。基本的にはいっぱい遊んであげて、いっぱい撫でたり褒めたり、可愛がっていれば、言うことを聞いてくれます」と・・・。

 この子犬の躾け方と子どもの躾には共通点があると思います。『褒める、叱る、褒める』のサンドウイッチ。そして、『駄目なことは絶対させない』の2点である。これが、叱り方の極意であると、犬から教えられた気がします。しかし、「貴方ははどうですか?」と問われると、汗顔の至りです。今でこそ、褒めて育てることがいかに大切かを理解できますが、新米ホヤホヤの若い頃は、『叱り・叱り』の連続、「バカ! アホ! 何でこんなこともできんのか!」意気込みばかりの指導。もっと優しい言葉をかけて指導していたなら、芽が伸びた生徒も多数いたのではないかと思うと申し訳なくなります。

 とはいえ、この間、考えを変える転機が何度もありました。例えば、30才の頃、ある先輩の先生から「どんなワルと言われる子供にもいいところが必ずあります。先生は、クラスの全員の子供について、その子を褒める材料をお持ちですか? 子供のいない放課後の教室で教壇に立って、生徒ひとり一人の顔を思い浮かべながら、話しかけるようにして、その子の長所をあげてみませんか」と問いかけられました。やってみると、悲しいことに数名の子については何にも浮かびません。子供の行動や言葉の根っこにある本音を見ようとしていなかったことに気づいたのです。褒める材料を求めて子供の「良いところ探し」を始めました。家庭訪問を始めたのもその頃です。また、その先生は「褒める材料がないときは仕掛けも必要です。『朝の3分間スピーチ』とか『クラスマッチで優勝するぞ!』・・・etc」とも言われました。

 何ヶ月か過ぎた頃、その先生から「笑顔が増えたね」と褒められ嬉しくなりました。自分では意識していませんでしたが、顔が柔和になり褒める場面が多くなっていたのでしょう。 子供はいつも自分を褒めてくれる大人が大好きです。大好きな大人の注意ならば素直に言うことを聞きます。だが、ひとつだけ条件があります。「子供がその大人を甘く見ていないこと」です。いくら褒められても「こんな大したことのない大人の言うことなんか聞いていられないよ」となれば、褒める意味がなくなってしまいます。では、子供はどんな大人を甘く見るのでしょうか? 家庭ならば、「子供のわがままを許す親、子供の前でお互いの悪口を言う親(威厳のない親)」です。学校ならば「頭ごなしに叱る先生、無視する先生、同僚の悪口を言う先生、教科指導力のない先生」です。そして、叱り方の極意はもうひとつあります。『しつこくダラダラ叱らないこと』です。褒め言葉は繰り返し、叱るときはその場で一発ビシッと、ダラダラは最悪、後はぶり返さないことです。 高校生ともなると、褒められると照れてしまう年頃ですが、褒められて喜ばない子はいません。3才の子も16才の子も同じです。『優しい言葉と威厳ある行動』は躾と教育の原点だと思います。

2012/4/12 木曜日

本気を支える3つの気

Filed under: おしらせ — admin @ 13:21:45

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第95号 

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            『本気を支える3つの気』

                          学校長 荒木 孝洋

 学校の中庭のハナミズキが芽吹き始め、待ち望んでいた春を迎えることができそうです。今年も桜吹雪の中、中学と高校合わせて425名の新入生を迎えました。真新しい制服に身を包んだ新入生、子どもたちが置かれている環境は年々厳しくなっていますが、純朴なその姿を見ていると「大人が頑張らないと・・・」と身も心も引き締まります。世界同時不況の真っ直中、日本では、東日本震災復興予算の捻出や企業の海外流出に伴う雇用の空洞化、加えて少子化対策・高齢者支援などクリアすべき課題が山積していますが、「この子らに幸あれ」と祈らずにはおれません。

 ところで、今年の新学期の始業式では校長訓話として、「心に本気という一本の木を植えて、大きく育てて欲しい」という話をしました。『気』と言う漢字を辞書で調べると、形状を表わす「息」とか「ガス状の気体」、「気候を表わす節気」の他に「人間の心身の活力、気力、養気」とか「形はないが、何となく感じられる勢いや動き」といった意味が書かれています。「勉強や部活に本気で打ち込み、遊ぶときも本気で楽しみ、厳しいことにもどんどん挑戦することで自分の世界が大きく広がってゆく。“本気でやればたいていのことはできる”“本気でやれば何でも楽しい”“本気でやれば誰かが助けてくれる”」と言った内容の話も付け加えました。しかし、本気という木は支柱(別の種類の気)がないと途中で本気は萎え木が枯れてしまいます。本気を支える支柱(気)とはなんでしょうか?。私は、『継続という根気』『ガンバレよと励ます元気』『STOPという勇気』だと思います。3本の支柱(気)を添えると、本気という木はスクスクと大きく育っていくと思います。

 また、中学生には質問形式で似たような話をしました。「あなたの心に木を植えるとしたらどんな木を植えますか?」(問い)。中学生の反応は実に多様です。「僕は心に柳の木を植えたい。しなやかな心でいたいから」とか「私はしだれ桜を植えたい。可憐な私になりたいから」「僕は縄文杉を植えたい。(理由不明)」などetc・・・。そこで、前述の本気(木)の話をした後に、「では、心に気を植えるとしたら、どんな気を植えますか?」と問うと、「やる気」「元気」「根気」「負けん気」「陽気」「正気」「意気」と前向きな言葉が続いていきます。子どもの発想はスゴイです。大人だったらどうでしょうか?。「弱気」「脳天気」「浮気」「暢気」「損気」・・・負のイメージの言葉を吐く人も結構いるのではないでしょうか。

 春は出会いの季節、自分は動かなくても新しい人が増えると心が弾みます。座る位置や座席の向きを変えただけでも新鮮になれるものです。『縁尋奇妙(えんじんきみょう)多逢勝因(たほうしょういん)』の言葉のように、人と人との出会いは不思議で奇妙なものですが、多くの出会いに感謝しようと思うこの時期です。還暦をとっくに過ぎた私ですが、若い子どもたちから毎年元気を貰っています。お陰様で、今年も新鮮な気持ちで新学期をスタートすることができました。文徳学園は職員一丸となって『本気』で『勇気を持って』『根気強く』『元気よく』子どもを育成します。 

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