2012/5/16 水曜日

若者よ

Filed under: おしらせ — admin @ 9:13:55

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第97号 

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         『若者よ! 飛び込んでみよう!』

                          学校長 荒木 孝洋

 最近の子供は弱くなったと言われる。高校の教員をして44年目を迎えたが、実感としては、それは個人差の問題であり、決して弱くなったとは思わない。ただひとつだけ昔の子供と比べて違うと感じることは、敢えて飛び込もうとしない点だ。たとえ目の前に立ちふさがるものが難解な試練であったり、成功の望めない壁であったとしても、昔の生徒には躊躇もせず飛び込んでいく者が多かった。

 例えば、受験がその典型で、奮闘及ばず不首尾に終わっても、目標とする大学に向けてもがきながら努力を続ける姿があった。中には、二浪、三浪も辞せずという猛者もおり、彼らの「前へ」という姿勢は傍で見ていても、若武者のように清々しい輝きを放っていた。私の知っている範囲でも、《五浪して医学部に行き40才で病院の院長をしているH君》、《高校時代は剣道一直線、京大のキャプテンになりたいと浪人、法学部を卒業、今、熊本で弁護士として活躍しているM君》、《大学を卒業したが、外国から日本を見たいと二年間世界放浪、帰国後、教員採用試験にチャレンジ、数学の教師として頑張っているM君》、《子育て一段落、40才で看護師免許取得し、婦長として頑張っているTさん》。

 先日、崇城大学工学部航空学科主催の講演会があった。講師は宇宙飛行士若田光一さん、講演のキーワードは『夢・探求心・思いやり』であった。「世界には楽しいことがいっぱいある。アンテナを広く張って、その中から自分に合うものを探して欲しい。目標を持って何かをやれば、たとえそのことが不首尾に終わっても、その過程で悩み苦しんだことが必ず役に立つときが来る。若者よ挑戦せよ!」と若者へエールを送られた。私も共感しながら講演を拝聴した。大人になろうとしている若者へ贈るメッセージがあるとするなら、汚れたり、転ぶことを恥じずに自分自身に立ちふさがるものに「飛び込め」ということだ。今の若者は昔の若者より能力的に劣ってなどいない。むしろ情報収集やインターネットに象徴されるITの能力は21世紀の若者が持つ個性であり、無限の可能性を秘めたスキルでもある。そこにもし「飛び込む」勇気が加われば、更に大きく人生の可能性を広げることができることを知って欲しい。

 いつの時代も、人は、汚れることを嫌い、格好悪い姿を世間に晒すことを嫌がるものだが、世間はそれほどひとりの人間を注視などしていない。しかし、頑張っている若者への眼差しは結構温かいものだ。泥だらけになっても努力を続ける姿を美しいものだと賞賛し心から応援している人も結構多くいることに気づいて欲しい。何にもしなければある意味スマートに過ごすことができるかも知れないが、その代わりにあるものは現状での停滞だと言うこともわかって欲しい。迷い・悩むときは、『佇み・考える時間』も必要だが、時間をバネにして飛ばなくては前に行けない。『佇み』は飛躍への時間調整である。変な言い方かも知れないが、『格好悪くたっていいじゃないか。歩みの遅いカメのように自分のペースで歩もうよ!』。敢えてそんなメッセージを若者に伝えたい。どんな歩みであれ、自らの意志、そして自らの決断から踏み出す一歩は何にも替えがたい行いだと思う。そして、それは外から見えないかもしれないが、地下水のように心の中をゆっくりと流れ、人生を生きていく上で大切な『糧(肥やし)』として帰ってくるものと確信する。飛ばなければ『サザエさん』のカツオじゃないけど、いつまでも子供のままの自分がそこにいることになる。

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