2012/6/26 火曜日

さらば好き好きオンリー

Filed under: おしらせ — admin @ 8:14:39

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第99号

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         『さらば、好き好き ONLY』

                       学校長 荒木 孝洋

 本校では、毎年5月に、進路担当職員が手分けをして県内外の企業を訪問している。卒業生の激励と勤務状況を伺うのが目的であるが、同時に新年度の求人もお願いしている。今年は、円高や経済不況に伴う大手企業の海外流出の煽りを受けて、関連企業である子会社でも人員整理や規模縮小が予定されているそうで、新規採用枠が狭くなりそうだ。間もなく(7月1日)求人受付が始まるが、就職希望の子もその親も不安な気持ちで求人を待っている。企業がいくらグローバル化しても、雇用が不安定で若者の職場を確保できないようでは日本の将来は真っ暗である。政官一体となって日本丸を操舵して欲しい。陸の孤島にならないことを祈っている。

 ところで、子供のための職業案内の本を見ると、「これが好きな人にはこんな職業がある」とフローチャートで紹介しているものが多い。見やすいので、学校の進路指導でもキャリア教育の一環として市販の冊子を使うことがあるが、職業選択は「これでいいのか?」と考えさせられることも少なくない。本来、就職するとは、仕事をし、金をもらって食べていくことである。「先方の好きなことをやる」からこそ金をくれるわけで、「こちらの好きなこと」をして金を貰おうとは虫がよすぎる気がする。農業や水産業も同様、「自然の好きなこと」をするからこそ恵みを貰えるのだ。そう考えると、食べるためには嫌いなことをもせねばならぬ。高卒3年後の離職率が5割だと聞くが、理由も「この仕事は私にあわない。この仕事は好きでない」が一番多いそうだ。人であれ自然であれ、存在は好きな面と嫌いな面を持っている。好きと思って結婚したら嫌な面が見えてきて即離婚というのでは、結婚など成り立たない。子育てだって同様だ。自然もやはりそうで、海や山だって恵みもくれるが津波や崖崩れも来る。就職もしかり、事務職だからといってパソコンだけとは限らない。接客もあれば外勤も時間外勤務もあると思った方がよい。むしろ、「嫌い」でなければ「よし」とするくらいの度量が欲しい。「逆境にこそ未来がある」時代である。

 随分昔のことだが、プロ野球に西鉄ライオンズ(現在のソフトバンク)というチームがあり、稲尾和久という投手がいた。後に、彼は「神様、仏様、稲尾様」と呼ばれるほどの大投手になったが、入団時の月給は3万5千円、来る日も来る日もバッティングピッチャーばかりだったそうだ。一方、同時に入団した畑投手は月給15万の有望選手、扱いも練習も全く違う。普通なら「何だ、馬鹿にするな、俺はもう辞める」というところだが、稲尾さんは、じーっと考えたそうだ。「バッターというのはストライクばかり投げると嫌がる。3球ストライクを投げて、1球外してやるとバッターが嬉しそうにしている」ことに気づいた。ボール球がきたら休憩できるわけです。「そうだ、このボール球1球で自分の練習をしよう」と決め、高め、低め、インコース、アウトコースとボール球を投げ分けたそうです。1時間に480球投げ、そのうち120球は自分のものだと考えて練習を重ね、球史に残る名コントローラーといわれるピッチャーになりました。 伸びていく人の共通点は、自分に与えられた環境や条件を全て生かし努力していることです。その中で人格が磨かれ、運命まで招来するのではないでしょうか。若い皆さん、愚痴や不満からは何も生まれません。「さらば、好き好き only」。「どうすれば好転するか(好きになれるか)」、与えられた環境の中で、一心不乱になって働いてみませんか。

2012/6/6 水曜日

人生にバイパスはいらない

Filed under: おしらせ — admin @ 9:00:37

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第98号 

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         『人生にバイパスはいらない』

                学校長 荒木 孝洋

 6月10日は時の記念日。90年前に制定された由緒ある記念日だが、祝日ではないので若い世代には馴染みが薄いようだ。昔は、どこの小中学校でも「時は金なり」をキーワードにポスターを書き、「時間を大切にする」ことを教えられたものです。

 先日、雑誌を見ていたら「時間どろぼう」という活字が目に入った。ドイツのミヒャイル・エンデ作「モモ」に出てくる言葉だそうだ。あらすじは、「時間貯蓄銀行から派遣された灰色の男たちによって、人々の時間が盗まれていく。それをモモという少女が活躍して取り戻す。モモの微笑みが人々の心を開き、温かくする。時間泥棒があらゆる手段で人々から時間を奪い、子どもたちに玩具を与えても、モモの勇気と優しさで村に平和がもどる。」という内容だ。昨今の経済優先の社会「スピードこそ命、急げ急げの連発?」への警鐘ではないでしょうか。筆者は「時間は記憶によって紡がれる」、生きた時間を取り戻そうと訴えておられる。

 振り返ると、かっては距離は時間の一次関数だった。だから、遠い距離を旅した記憶は、かかった時間で表現されていた。夜行列車で24時間の東京までの修学旅行も、貸し切りバスで出かけた日帰り家族旅行も、その間に出会った多くの景色や人々との会話は記憶の中に時間の経過とともに並び、出発点と到着点を結ぶ物語となっていた。しかし、今は違う。新幹線の列車代を払えば福岡まで100キロを30分、鹿児島まで200キロを1時間、「時間をお金で買う」時代になった。もっと凄いのがインターネットや携帯だ。ネット社会では必要な情報は瞬時に世界各国から取得でき、携帯やメールはどんな場所でも時間を問わず相手と交信できることを可能にした。時間の節約は進展したが、会話の時間は節減されユックリ無駄話をする暇もない。若者は、「元気?」「スゲー!」のメール交信、主語も述語もいらない日常生活。しかも、メールの返信が遅れただけで信頼や人間関係が瞬時に切断されるケースも少なくないそうだ。人間は文明の利器と引き替えに、人生の大切な記憶や記録、そして思い出まで奪い去られている気がする。

 野生のゴリラはいつも仲間の顔が見えるまとまりのいい10頭前後の群れで暮らしている。互いに顔を見つめ合い、仕草や表情で互いの感情の動きや意図を的確に読むそうだ。人間の最もまとまりのよい集団のサイズも10〜15人で、共鳴集団と呼ばれている。人間は、言葉のお陰で一人で幾つもの共鳴集団を作ることが出来るようになったが、信頼関係を作るには視覚や触覚によるコミュニケーションに勝るものはなく、言葉はそれを補助するに過ぎない。

 人々の信頼で作られるネットワークを社会資本という。今の世は、効率を重んじる時代かもしれないが、生きていく上での人の煩わしさを避け、無駄なことを切り捨てていく態度は、人間として健全な生き方とは考えられない。何か困った問題が起こった時、ひとりで解決できない事態が生じた時、頼れる人々の輪が社会資本だ。それは互いに顔と顔を合わせ、時間をかけて話をすることによって作られる。その時間は金では買えない。人々のために費やした時間が社会資本の元手となる。人生は高速道路とは違う。生きるということは、駆け抜けることとは違う。自分の生き甲斐とするものを追い求めながら、一歩一歩着実に誠実に努力することだと思う。人生にバイパスはいらない。 

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