2013/1/16 水曜日

人にはどれだけ物が必要か

Filed under: おしらせ — admin @ 9:08:39

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第107号       

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     『人にはどれだけ物が必要か』

                   学校長 荒木 孝洋

 “七福神 幸せ運ぶ 宝船”そんな想いで初夢を見たあと、ユッタリとコタツで暖を取りながら年賀状に目を通す。休みが取りやすい曜日の並びだった今年の正月、おせちで疲れた胃腸を七草粥(ななくさがゆ)で優しくいたわって今日から仕事始め、学校も三学期が始まった。 テレビでは年始めから、「経済再生、補正予算十兆円越え」と総理の威勢のいい声が聞こえてくる。正月気分と相俟って、期待が膨らむ人々の笑顔が目に浮かぶ。地方に住んでいると、株高も円安も生活実感としてなかなか捉えにくいが、「新しい国づくり」が若者の雇用を確保し「国民の幸せを再生する」と言うことなら大歓迎である。物価も安い方が良いし、さびれた商店街に活気を呼び戻すことや地域の雇用回復こそ庶民のささやかな願いである。

  面白い本があったので、少し長くなるが抜粋して紹介する。慶応大学名誉教授鈴木孝夫さんの「人にはどれだけの物が必要か」(1999年発行)という著書である。『私たちは果たしてこんなにもエネルギーを多用し、物や他の生物の命を、かくも無駄に浪費しなければ本当に幸福になれないものか。いま私の目には欧米先進諸国や日本の指導者たちが、地球の目を掩う惨状をよそに、さらなる技術革新、経済成長、そして消費の拡大を叫んでいる姿は、刻々と迫りくる大氷山との激突というカタストロフィにも気付かず、歓楽に時を忘れ、束の間の虚像の克服に酔い痴れていた、かの巨大な豪華客船タイタニック号の悲劇が重なって見える。・・・例えば、【自動販売機】、冷房と暖房と同時にして、大変な電気を使う。(中略)あの液体を飲んで、いったいどれだけの効果があるのだろうか。(中略)砂糖のほか添加物が山ほど入っている。だいたい、あんなものがなければいけないのか。我々が子供の頃は、水を飲んでいた。自動販売機は中身だけでなく容器にも大きな問題がある。アルミのカンをつくるために、南方でボーキサイトの鉱山を開発し、それを精錬し、船で日本に運んできて、電力の缶詰と言われるぐらいに電力を使っている。公害とかエネルギーとか梱包とか汚染とか、ありとあらゆるものが一個のカンについている。いったいどうしてあれだけのたいして必要でもない液体を飲むために、こんなに地球を汚しながらカンを作り、そして、それをポイと捨ててしまうのか』と。

 さらに著者は、『これ以上のエネルギーと資源の浪費を前提とする経済発展を止めるべきである。もっと低い経済レベル、消費の水準でも人間は幸福に生きられる。いま一番大切なことは、社会に急激な大混乱を起こさず、延びきってしまった経済戦線を徐々に計画的に一体どこまで整理縮小することが出来るかを真剣に討議することである。地球規模の環境破壊の問題が、実は一人一人の人間の欲望に基づく行動の結果起こっている。・・・まず我々一人ひとりの生活を改めることから始めなければ駄目ではないか』と述べておられる。因みに、出版されたのは10年前のことである。

 振り返ると、我々日本人の生活は、利便性も物の豊富さも戦後の昭和20年代の飢餓状態とは比べものにならないくらい豊かになった。むしろ、昨今の日本人は『豊胃飽食』の弛緩状態。身の回りの物の氾濫に手を焼き、捨てるに難儀する時代となっている。そもそも経済再生とは? 国の経済力の指標であるGDP(国内総生産量)は物の生産や消費の量で決まるから、大量生産・大量消費を想定しないと経済成長は望めない。少子化で国内消費が冷え込んでいる昨今、企業は利潤を求めて海外に販路を求め輸出に力を入れる。企業が元気になりGDPが上がったとしても、その利潤を日本人に還元してくれなくては意味がない。「企業が栄えて、人が滅ぶ」では元も子もない。この地球を次の世代、世代へと確かに残していくために、「何を作り、何を消費する」かを真剣に考え、エネルギー・資源・食物・環境・・・何か一つでもいい、覚悟を決めて、国民総出で取り組むことこそ「経済再生」のキーワードだと思う。それが3.11の教訓ではなかろうか。

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