2013/6/26 水曜日

120点の答案

Filed under: おしらせ — admin @ 10:35:08

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 文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第112号

                                『120点の答案』
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 ips細胞の発見で人の細胞再生にも期待が膨らむ時代となったが、精神科医であり、作家のコロンビア大学医科大学院教授オリバー・サックスさんは、「われわれは患者の不足部分に注意を払いすぎて、保存されている能力の部分に無関心でありすぎる。(中略)保存されている能力に対しては、なんらかの形で働きかけることができる」と述べている(NHK出版新書「知の逆転」より)。これは医療についてのみでなく、教育全般にも通じることではなかろうか。
 今、我が国を含めて世界中で子どもの学力向上が教育の重要な課題とされ、それを評価することを目的としてテストが実施されている。例えば、学力の国際比較としてよく話題に上るPISA、2009年の日本の平均点は、読解力で8位、数学的リテラシイーで9位、科学的リテラシーで5位であった。過去には世界のトップレベルであったことから、文科省はレベルアップに躍起になり、「ゆとり教育からの脱皮」を打ち出した。そもそも、テストは教育の目的や目標がどの程度達成されているかを確認する方法であり、結果を見て、達成されていない部分、つまり、目的や目標に対して「不足している部分」を調べていることになる。個々人の「不足している知識」を調べ、それを補足していくことは義務教育段階での重要な課題であることは否定すべくもないが、学校での教育活動が「不足の発見」と「不足の補充」に終始するとすれば「個性の伸長」という教育の目的が根幹から崩れることになる。教師なら誰でも経験していることだが、子どもの個性は千差万別、「数学は苦手だがピアノ演奏は抜群」という類の生徒は必ずいる。手塚治虫さんは、「おまえだけはその絵(漫画)でよい」と教師に認めて貰ったということを自伝で回顧している。テストによる評価は公平だが欠点がある。100点から「不足部分」差し引いた得点を表示するから目標以上に達成している力は採点できない。どんなに秀でた力であっても引き算だと120点の答案はない。
 ところで、時代とともに教育目標や教育内容が変わっていく。教育についてはすべての人が長年教育を受けてきているし、自分の子供の教育も経験している人も多く、どの人の言い分にも一理あるから改革案についてはいつも賛否両論がある。振り返ると、ここ10年矢継ぎ早に教育改革が進められてきた。「ゆとり教育」をはじめ「生きる力の育成」、「国際理解」、「環境」、「健康」、「IT」、「英語」など・・・その都度、教育現場は混乱しその対応に苦慮してきた。最近ではグローバルな人材の育成ということで、自民党教育再生会議から ̄儻豢軌蕕糧緩棆革⇒数教育の刷新IT教育の強化が提言されている。またもや英語とITかと嘆息をつくばかりだ。
 日本も社会のグローバル化は避けて通れない昨今、諸外国との付き合いで最も必要な人間としての資質は教養に裏打ちされた人間性だと思う。これらは知的判断の出発点となる人間観、歴史観、大局観の土台となるからだ。小手先の会話力とかIT能力は役に立たない。と考えると、今、教育現場に求められていることは、人が共存していくための思いやりとか想像力、新たなものを創り出す創造力など「個々人に保存されている能力」に磨きをかける教育活動ではないかと思う。小手先の会話力とかIT能力の向上ではなく、教育改革の急所はここにあると思う。その為に、中学や高校では、古今東西の文学、歴史、科学などをしっかりと学ぶことが大切だ。感動の涙とともに互いの夢を語る教育、正義感や勇気を培うことで弱者への思いやりが生まれ、卑怯な振る舞いを諫める情緒力も育まれる。さらには、美しい自然や芸術に感動する感受性も人間力だ。すべての人がグローバル社会の最先端で活躍するわけではない。日本人が古来から大切にしてきた資質を高め、個々の特性を認め合う教育制度であって欲しいと願っている。それが、足し算による120点の答案ではなかろうか。

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