2013/11/28 木曜日

考えること

Filed under: おしらせ — admin @ 11:24:07

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文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第117号

           『考えること』〜中高生へのメッセージ〜                                                                                                                                                                                           学校長 荒木 孝洋
 社会に出ると気づくことですが、仕事抜きで付き合いたいと思う人は「物事を知っている人」ではなく「考える人」です。2008年12月、惜しまれつつこの世を去った評論家の加藤周一さんは、「知ること」と「考えること」の関係について次のようなメッセージを遺しています。論語の一節『学びて思わざれば則ち罔(くら)し 思いて学ばざれば則ち殆(あやう)し』を英訳し、
『Learning without thought is labor lost』と。更に、この英訳に『思考を伴わぬ学問は徒労である』と注釈をつけています。いくら知識を身につけたところで、自分なりに考えなければ本当の理解にはつながらない、つまり、「考えること」は問題意識を持つことであり、身に付けた知識を道具として自分なりに使いこなして解決へと導くことこそ「学ぶこと」だと述べています。 
 では、どうやったら「考える人」になれるのでしょうか?。キーワードは『対話』です。「考える人」は好奇心旺盛で対話を好みます。人ともよく議論や話し合いをしますが、自分の頭の中でも「なぜ?」「どうして?」「なるほど!」と自問自答しながら活発に自分自身と対話します。本を読んでは、著者に聞きたいことが頭の中で渦巻きます。そうやって自らの思考力を鍛えていくのです。実は、この訓練はほとんどの人が毎日実行していることですが、テーマが偏ることに問題があります。例えば、テレビドラマだったりオシャレだったりする訳です。何かに打ち込むのは悪いことではありませんが、10代の後半の貴重なときにそれだけではいささか勿体ない。「考えること」のベースとなる知識や言葉を豊かにするために、もう少しウイングを広げて欲しいと思います。歴史を学んで人物の生き方を自分の人生に重ねたり、数学や理科の知識で文明の発展を比較することもできます。さらには、日本の喫緊の課題であるTPPや原子力発電や震災復興のこと、地球規模の環境問題とか食糧問題なども真剣に考えなければなりません。学ぶ素材はゴロゴロしています。もちろん、覚えたり記憶するばかりが「学ぶ」ことではありません。絵画や書や音楽にふれ、時には日本古来の文化や芸術にも親しみ、そして、自然と触れあう時間も持ちたいものです。 
 皆さんの中には、授業で学ぶ知識は「受験のためだ」と思っている人がいるかもしれませんが、勿論それも否定はしません。しかし、年を重ねると気づくことですが、学んだ知識や考える習慣が本当に役立つのは長い人生航路を歩んでいくときです。『多様な価値観』という言葉で議論や思考を中断したり、「難しい」「面倒くさい」「わからない」と言って「学ぶこと」を投げ出すようではお先真っ暗です。幸いにも、若い皆さんには学ぶ時間も空間もタップリと与えられています。加えて、諸外国との交流が活発になり、学ぶ仲間や師匠も日本人だけとは限らなくなりました。さらに、ネットを活用すると必要な情報も瞬時に入手できます。しかし、グローバル化した社会では真偽不明・出所不明の情報が錯綜しており、選択ミスが思いがけない結果を招くことにもなりかねません。ですから、「やって良いこと・悪いこと」「やらねばならぬこと・いけないこと」を区分けする力、「何か変だな?」「凄いことだナ!」と感じる力など、自分の頭で考える力をシッカリと身につけなければならないのです。冒頭で引用した加藤さんの言葉『思考を伴わぬ学問は徒労である』を心に刻み精進してくれることを期待しています。

2013/11/18 月曜日

真の豊かさとは

Filed under: おしらせ — admin @ 10:53:33

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文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第116号

                『真の豊かさとは?』                                                                      
                                      学校長 荒木 孝洋
 チベット出身の声楽家バイマーヤンジンさんのお話を伺う機会がありました。「真の豊かさとは何か?」・・・考えさせられました。講演の内容をかいつまんで紹介します。
 『両親は非常に貧しいチベットの自給自足の遊牧民で、文字を読むこともできず、生きて行くのがやっとというチベットの片田舎の家庭で育ちました。私の故郷は四川の成都からバスで2日もかかる標高4000メートルの高地で農作物も育たず、遊牧で生計をたてるしかありません。誰もが学校で教育を受けることもなく、幼少の頃から働くのが普通で、文字を読める人はほとんどおらず、文字が読めないために殺虫剤と薬を間違って飲んで亡くなる人もいました。もちろん電気もありません。私が学校に行けたのは、両親のおかげです。両親は文字が読めないために、騙され先祖代々の土地を奪われてしまったなどの苦い経験があり、なんとしても子供は文字が読めるようにしたいという願いがあったからです。高校時代は狭い寮で学生たちは雑魚寝の生活でした。電気も早い時間に消灯され、暗いトイレの電灯を頼りに受験勉強を続け、四川の大学時代も民族的な差別を受け、いじめにもあい、それを見返そうと勉学に打ち込みました。その後、日本人の現在の主人との出会いがあり、初めて来日したときのカルチャーショックは今でも忘れません。飛行機があり、新幹線があり、さらに電車があって地下鉄がある。道路にはおびただしい車が走っている。スーパーにはモノが溢れ、自宅は便利な家電製品で囲まれている。故郷の暮らしや光景とも、四川ともまったく異なる日本は、まるで別の世界、豊かな夢の天国だと感じました。その違いは、教育の差であり、技術を生み出す日本人の能力から生まれたものだと気がつきました。その一方で同じ子供なのに、たまたまチベットに生まれたため、小学校にさえ行けない子がたくさんいるのです。そのようなことを考えると、どうしても自分一人の夢よりも、故郷のために役立ちたいという使命感のほうがどんどん強くなってきました。たとえ小学校だけでも通えるようになったら、そこで学んだ多くの知識がその子供たちの将来、そしてチベットの将来にどんなに役に立つことでしょう。・・・』と。
 来日して19年目、バイマーヤンジンさんは、教育がいかに国力の差を生むかを実感し、チベットが自立できる国になるためにはまずは学校が必要だと感じ、来日直後から始めたアルバイトで貯めたお金でチベットに学校を次々と建てていきます。さらに講演は続きます。
 『日本は国土もそれほど広くなく、資源に恵まれているわけでもありません。けれども、早くから教育に力を注ぎ、国民全体の素質を高めてきました。豊富な知識と高い技術によって、日本は世界の経済大国になりました。また自らが豊かになっただけではなく、青年海外協力隊のような人的支援、ODAのような物的支援によって、たくさんの困っている国や人々も助けています。チベットの社会がここまでになれるのはいつのことでしょう。もちろん私一人の力ではどうすることもできないかもしれません。でもその明るい将来のため、皆様に応援していただきながら、私はひとりのチベット人として一生かけて頑張っていきます』と・・・。その志の高さに胸を打たれました。
 戦後急成長し、物質的に豊かになった日本ですがその豊かさも転換期を迎えています。今回の講演を聴いて、日本人が昔から大切にしてきた「感謝」「優しさ」「思いやり」といった心の豊かさこそ人間力だということを痛感しました。併せて、閉塞感あふれる日本ですが、「大志をもって、課題に向き合い、チャレンジする心をもたなければいけない」ということも再確認しました。

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