2014/11/28 金曜日

子どものケンカ

Filed under: おしらせ — admin @ 11:09:32

  

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第127号

 

                  『子どものケンカ』

 

                                           学校長 荒木 孝洋

 

 毎朝のことだが5時には目が覚める。窓を開けると電気がついている家が2軒、80歳前後の老夫婦と一人住まいの老人の家の灯りだ。お茶を飲みながら新聞を開くのが一日の始まり。仕事がら学校関係の記事が目に入る。今朝(11/26)の熊日新聞、目を疑う記事「35人学級を40人学級に戻す(財務省が検討中)、文科省猛反発」。小学一年生の35人学級が始まったのが3年前、ところが、「いじめの認知件数が3年前より増えている。だからクラスの人数を減らしても効果がない」というのが財務省の主な理由だそうだ。「35人学級にすると、いじめは減らせると言ったから予算をつけてやったのに逆に増えているではないか!ウソつき!」と財務省が文科省に口を尖らせて文句を言っているようにしか見えない。何て低次元な論理だろう。まるで「子どものケンカ」のようだ。(追記)欧米では「30人学級でも多すぎる。もっと減らそう!」と言っているのだが・・・。

 

 振り返ると、35人学級になったのは2011年度からだから、わずか3年間のデータしか出ていない。しかも増えているのは認知件数であって発生件数とは違う。学校現場の人間なら誰でも判ることだが、いじめの発生件数など完全に把握できるはずがない。むしろ、35人学級になったからこそ子どもの観察が行き届き、認知件数が増えたと見なすべきではなかろうか。しかも、認知件数の増加には別の要因もある。昨年「いじめ防止推進法」が制定され、いじめの定義が「いじめられたとの申告があれば、それはいじめである」と変更され、さらに、学校でも定期的に調査をすることになった。当然ながら、以前なら出てこなかった事案やいじめかどうか判別が難しい事案も認知件数としてカウントするようになったことも増加の要因である。

 

 穿った見方かもしれないが、今回の記事は、支出を減らしたい財務省と予算獲得を目指す文科省のケンカにも見える。というのは、ある雑誌で紹介されていた記事だが、財務省は40人学級に戻す理由を他にも挙げているそうだ。「学級規模と学力やいじめ発生件数に相関関係は見いだせない」とか「(OECDの提言では)学級規模縮小は学力向上のための効率的な支出ではない」、「生徒数が減っているのだから教師も減らすべきだ」などと・・・何で今頃そんなこと言うの?。「ではなぜ2011年には35人学級にしたのか?」とツッコミたくなる。限られた国家予算の分配、「金が足りないから40人学級に戻してくれないか」それが本音ではなかろうかと推察する。どこで手を打てばいいのか、それを率直に提起するのが財務省の役割だろう。

 

 とは言え、少子高齢化が進み人口減が深刻になるこれからの日本だが、そんな日本丸を背負うのは若い子どもたちだ。若者に社会を支える力を身につけさせるのが国家としての基幹政策であるべきだ。教育予算も多いにこしたことはないが、団塊の世代が高齢化するこれからの日本、医療費や福祉予算も膨らむ一方だろうし、「足りないから我慢してくれ」とか「○○○に教育予算を増やしたいから」と言ってもらう方が分かりやすい。むしろ、社会全体で取り組める若者支援の方策を探るべきだろう。『いじめ』だって増加の大きな原因はスマホの普及にあるし、人も産業も衰退している地方と大都会では大学の数だって地域間格差が大きく、地方の子どもは学ぶ機会すら失いかけない状況だ。残念ながら、そんな地方の声は国会まで届かないのか、教育改革は都会中心の発想が多い。授業でのタブレット活用、小学生からの英語教育など目新しい提言だが、予算の伴う事業に地方は苦悩するばかり。きれい事を並べて夢をまき散らすのは政治家の仕事ではない。主義主張やしがらみを乗り越えて社会全体のグランデザインをしっかりと作るのが政治家の本業。都会と地方では抱える課題も担う責務も違う。国会でやっと『地方創生』のかけ声が大きくなってきたが、『地方創生は教育から』と叫んで欲しい。国の施策の中心的執行者が「子どものケンカ」をしているようでは、日本はグローバル化していく世界から取り残される。


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