2015/1/30 金曜日

センター試験悪玉論?

Filed under: おしらせ — admin @ 7:53:07

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文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第129号

 

              『センター試験悪玉論?』

                                            学校長 荒木 孝洋

 

 センター試験が終わった。毎年のことだが悲喜こもごも・・・予定していた点が取れずに失意落胆し呆然とする者、ニンマリと笑っている生徒・・・。切り替えに時間を要する生徒もいるだろうが、早速、個別試験に向けた指導が始まった。特に、東大や医学部をはじめとする難関校はこれからが勝負、きつい胸突き八丁だが「桜咲く明日」を信じて最後まで頑張って欲しい。

 ところで、中央教育審議会では現行のセンター試験や個別試験による入試制度改革が論議されている。素案によると、高校基礎学力テスト(仮称)を複数回行った上で、大学進学を希望する高校生には大学入学希望者学力評価テスト(仮称)を行う。その後、各大学の個別選抜によって入学者が決まる。試験の内容も、現行のセンター試験と違い、教科の枠を越えた「合科型」「総合型」の問題導入や現行の「一点刻み」式から「段階別」に分けて評価する方式への変更が提起されている。具体的な方法がまだ示されていないので不安が増幅するばかりだ。

 振り返ると、現行の入試選抜にも問題がないわけではない。センター試験の前身である共通一次テストが始まったのが1979年(36年前)、難問・奇問の出題をなくし「入試地獄」を解消しようという目的でマーク式の試験が導入された。記述と違ってマーク式試験には批判も多かったが、教科書で学んだ基礎・基本の出題だから、現役高校生の合格率がグーンとアップした。その後、少子化に伴い大学間の生徒獲得合戦に進展し、分数の足し算もできない大学生の低学力が話題になるなど、基礎学力を担保としないAO入試や推薦入試が横行するようになった。一方では、難関大学における知識偏重の選抜に伴い受験勉強の弊害も指摘されている。こうした現状を制度改革によって解消しようとする狙い自体は、わからないこともない。もちろん、グローバル化対応のため学習指導要領の転換や高大連携の改革が必要なことは理解できるが、入試の制度改革までセットにしたことに無理がある。以下、私の考えてる矛盾点を列記してみたい。

 入試改革を提唱する人たちは「センター試験は暗記型だから活用力を測る試験に変えるべきだ」と主張されている。しかし、センター試験がなぜ暗記型の試験なのかは誰も検証していない。センター試験の問題を解いた方ならわかるだろうが、マーク式だから限界はあるにしても、むしろ、思考力や活用力がなければ解けない問題が多いことに気づくだろう。新テストでは、教科・科目の枠を取り払うことで、思考力や活用力が自由に測れるはずだと主張されているが、それは空論だ。実際はその逆で、教科・科目の体系には学問的系統性があるからこそ、その枠内で、エッジの立った問題やユニークな問題ができ、思考力、論理力、活用力を試す試験問題ができるのである。例えば、国語と数学の融合型の試験をしたとすれば、数学が10点・国語が90点の子どもは国語の力がどんなに高くても10点しかとれないだろう。子どもの特性が埋もれてしまうだけだ。しかも、教科融合型や総合型の問題作成は、ある程度のパターンが出尽くしてしまえば、タネが尽きて壁にぶち当たるだろうから、受験対策も容易にできるし、早晩、思考力とか活用力を測る試験とはほど遠い試験になってしまうだろう。また、素点を使わずに段階別評価を取り入れても入試は変わらない。100点満点の試験を10段階に分け、測定誤差も判断しないままに、80点と89点は同じ点数として扱うだけだ。いずれを見ても矛盾だらけの改革、入試が年複数回実施されるとすれば、高校での学習指導も否応なく転換しなくてはならなくなる。元来、基礎基本をしっかりと時間をかけて学んでいくのが高校教育の原点なのに・・・その時間がとれなくなる。誰のための改革???。主人公は子どものはずなのに・・・。

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