2015/3/10 火曜日

踏み板がなければ飛び立てない

Filed under: おしらせ — admin @ 7:38:48

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文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第130号

 

          『踏み板がなければ飛び立てない

                                    学校長 荒木 孝洋

 

 三寒四温を繰り返しながら、ゆっくりと、しかし、確実に、季節が春へと移りつつあります。・・・(中略)・・・次のステージへ向かう君たちへ、二つの話をして餞の言葉にしたいと思います。

 まず、一つ目に「踏み板がなければ飛び立てない」という話をします。私は高校まで山都町という田舎で過ごしました。周りは山ばかりで娯楽施設もなく、中学生の頃の楽しみは友達と野山を駆け巡ることでした。毎日5キロの道を登校、今は禁止されていますが、冬場は前日に仕掛けたかすみ網にどんな野鳥が掛かっているかワクワクしながら登校しました。空中に網を張った光景を想像してみて下さい。私はその網目に鳥が頭からツッコミ、翼を広げられなくなるから捕獲できるのだと思っていましたが、そうでないことを、後で、先生に教えてもらいました。鳥は網に触れた途端、とっさに足の指で網糸を掴む。だが、いくら蹴ろうとしても網がふあふあしているから蹴ることができず網に絡まってしまうのだそうです。つまり、鳥はどこからでも飛び立てるのではなく、固い木の枝や地面を踏み板にして、それを蹴って初めて飛び立つことができるのです。跳び箱も踏み板がなければ遠く高く跳ぶことができません。同じように、人も次のステージへ飛び立つ時には踏み板が必要になります。その踏み板となるのが、思い出や体験、そして、そこで育まれた知恵です。皆さんは、自分では気づかないかもしれませんが、この3年間、多くの体験や経験をし、強力でしなやかな踏み板を築いてきました。共に賢くなるために学んだ知識は『学び』という踏み板になり、クラスや部活動での仲間との切磋琢磨は『団結』という踏み板になりました。また、体育大会やキャンプで先輩や後輩と工夫した思い出は『連帯』という踏み板になっています。『反省』という踏み板も先生や親から諫められて随分としなやかになり、『我慢』とか『思いやり』の踏み板に進化しました。新しいステージでは、さらに多くの人と出会い、ウイングも広がることでしょう。失敗してもよいから色々なことにチャレンジし、人生の根幹となる『人権』とか『平和』といった強靱な踏み板を育てて欲しいと思います。

 二つ目は「自分の体を人のためにも使って下さい」と言うことです。最近、『命の授業』という本を読みました。著者は元中学校の体育教師腰塚勇人(はやと)さんです。こんな一節がありました。「私は、スキーの事故で首の骨を折り『一生、寝たきり』と宣告された。絶望して、死のうとしたが身体が動かずそれも叶わない。唯一動く舌を噛んで死のうとしたが、それも途中で諦めた。妻や両親、主治医、看護師、教え子、同僚の先生から励まされて、懸命のリハビリの結果、奇跡的に回復し現場に復帰することができた」という内容です。その時、腰塚さんは「命の喜ぶ生き方をする」、それを具体的に行動に移すために「五つの誓い」を決めたそうです。その誓いが次の言葉です。

  1 口は人を励ます言葉や感謝の言葉を言うために使おう

2 耳は人の言葉を最後まで聞いてあげるために使おう

3 目は人のよいところを見るために使おう

4 手足は人を助けるために使おう

5 心は人の痛みが分かるために使おう

 さらに、腰塚さんは全国各地の講演会で次のような話もされています。「プライドが邪魔して言えなかった『助けて』という言葉が自然に出るようになった。周りの人に助けられているうちに、実は健常の時も多くの人に助けられていることに気づきました」と。腰塚さんの「五つの誓い」は人が支え合って生きていくための大切な指針になると思います。口も目も耳も手足も心もすべて自分のものですが、使い方は限定されていません。自分のためにだけでなく、世の中や周りの人のためにも使うことで、ぬくもりのある社会を実現したいものです。いじめ、無視、陰口、誹謗中傷といった生産性のない言動にはオサラバしましょう。(以下省略))

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