2015/12/7 月曜日

ウサギとカメ

Filed under: おしらせ — admin @ 10:10:02

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文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第138号

 

『ウサギとカメ』

                                        学校長 荒木 孝洋

 誰もが一度は聞いたことがある童話『ウサギとカメ』の話、私も小学生の時、学校でその話を聞きました。のろまなカメがウサギに勝つという信じられない話ですが、先生はウサギが負けたことについて「油断大敵」という言葉で締めくくられ、さらに、「なぜカメは勝ち目のない競争をしてウサギに勝ったのか?」、その理由をこう話された。カメは『ウサギはウサギ、自分は自分。ウサギとの競争は考えないで、マイペースでとにかく山の頂上のゴールを目指そう』と考えた。カメの目標は山頂のゴール、目的は自分との戦いに勝つこと、目標を定めて、全力をあげて必ずやり遂げることを繰り返すことで、夢を実現しようとしたのです、という話でした。この話を聞いて、目標を持って生活することの大切さを真剣に考えそれを実行しようと努力したものです。

 私も、教師になってから、この童話を素材にして同じような訓話をしたことが何度かあります。しかし、高校生ともなると、「カメを見習え」と話しても、まったく乗ってこない生徒がいます。カメのような“できすぎ君”に拒絶反応を示す生徒たちです。彼らは教訓をうさん臭いものと感じる素晴らしい感性を持っています。そんな素晴らしい感性を持った彼らのために、「ウサギとカメ」から得た教訓を疑う講話を試みたこともあります。「ウサギとカメ」の話をした後の展開です。

 “目標や目的を自覚することが大切であるという命題は正しいでしょうか?”・・・(沈黙で生徒は静まりかえる)・・・。(しばし時間をおいて)振り返ると、私も教師になってから、部活動でベスト4を目指そうとか、クラス通信を出そう、などとその時々は目標がありましたが、「教師になった動機は?」と聞かれると、「????」。「こんな教師になりたい」といった明確な目標や目的があったわけではありません。ある凄い先生と出会い、「こんな人生を送れたらいいな」と、その先生に憧れてこの道を選びました。昇り階段を探すのに、「あっちがよいか?、こっちがよいか?」と目標に照らし合わせて選ぶのではなくて、凄い人が歩いている階段を選んだ方がワクワクした人生が送れるような予感がしたようなものです。ですから、明確な目標や目的は必要ないと考えていたことになります。でも、ここからが大切です。目標や目的を自覚することが大切であると考えるのか、あるいは必ずしも明確な目標や目的を持つ必要はないと考えるのか、という二者択一から選んで終わりという安易な道を選ばないで欲しいという事を言いたいのです。小学校の時の先生は、なぜカメの生き方のように目標や目的を自覚することが大切だと考えたのか? 次に、なぜ私のように必ずしも明確な目標や目的を持っている必要がないと考えたのか? この二つの『なぜ?』という問いのどちらにも答を見つけて欲しいのです、といった話です。

 テレビを見ていると、「善か悪か? 是か非か?」といった二者択一の選択を迫る番組が闊歩し、人間的曖昧さを許容しない番組が増えています。相手を罵倒したり、「そうか」「そうなの」と頷くばかりの番組はインパクトはあるが残像感がありません。人は誰でもそうですが、同じ問いにも、時には、YESかNOかと揺れ動いたり曖昧なまま結論が出ないことがあります。子どももしかりです。特に、価値意識を形作る若いときには、悪さをしても「親は許さないが、誰かが、どこかで、自立の模索として許している」そういう関係が社会の中には必要です。二者択一の思考は、賛否の片方を排除する価値意識しか育ちません。ウサギにはウサギの、カメにはカメの言い分があるはずです。前提を疑い、二者択一を疑ったうえで、自ら問いを設定し、自ら答えを提案できる人になって欲しいと思っています。その為には「人間の持つ曖昧さを許容する心の広さを持つこと」「正解を教えてもらおうという心の癖を捨て、自らの頭で考える習慣を持つこと」が大切だと考えます。

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