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2015年04月の記事

学校の異変

2015年4月15日

   

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第131号

 

『学校の異変』

学校長 荒木 孝洋

 

《その1》

 ある雑誌で『本当にあった話』だとして紹介されていたこと、次のような記事である。ある小学校で、一部の児童が宿題をやってこなかったので、担任の先生が理由を尋ねたところ、児童曰く、「宿題が出ているのを知りませんでした」それをたしなめようとしたら、児童「大人も知りませんでしたと言ったら罪にならないでしょう」・・・担任は二の句を告げられなかったという。テレビ番組で報道されている「知りませんでした」で許される風潮を保護者がおもしろおかしく話題にしていたのを聞いて、子どもなりに懸命に考えた世渡りの術だろう。大人はもっとしっかりしないと・・・という話である。国民の生命財産を守る義務があるからと、議員さんたちは集団的自衛権についてはケンケンガクガクの議論をしているが、未来を担う子どもたちの心に生じている危機的新事態について語る議員は見かけない。政治献金規制法がザルだといういうことをいいことに、ザル目から漏れ逃れて居直った政治家の皆さんは、この子たちのいいわけに何とコメントするのだろうか?

《その2》

 私は賞味期限や消費期限をほとんど見ない。腐っていれば捨てるし、そうでなければ食べる。しかし、天下の正論は期限の切れた食べ物はただちに廃棄せよのようだ。間違って店頭販売でもすれば、その会社はマスコミからよってたかってバッシングにあう。学校では賞味期限と消費期限の違いは教えるが・・・捨ててしまえとは教えていない。静岡県のある小学校で起きた事件の新聞報道を思い出した。学校給食の残飯がごっそりと捨てられるのを見た担任の先生が、クラス全員に二粒ずつ食べさせた。先生はこれこそ生きた教材だと思って「世界にはお米の一粒も食べられず、死んでいく子どもがたくさんいるんだよ」というようなことを話して、先生も一粒多い三粒食べて見せたそうだ。このことを子どもから聞いた母親たちは許さなかった。PTA総会が開かれ、この先生は母親たちから吊し上げられ、泣きべその様相で謝った、という記事である。コメを大切にするのは当たり前の行為、マスコミも事実を報道するだけでなく「今どき珍しい感心な先生がいる」といったコメントぐらい書いてもおかしくない気がする。

《その3》

 多くの職業には一定期間にわたる訓練が不可欠とされる。すし職人は『飯炊き3年、握り8年』の修行が必要だと言われ、バスの運転手なら、まず大型2種免許取得に運転歴が問われ、取得しても一定の見習い期間が設けられる。医師にはインターン制度が、弁護士にも司法修習制度があり、資格があっても単独ですぐには治療行為や相談活動には当たれない。学校もしかり、学校では、価値観や能力の違う多様な子どもを扱うから常に研修が求められ、免許を持っているだけでは一人前に扱ってもらえない。制度面でも10年に1回は免許状を更新しないと教員資格が剥奪される。ところが、近年、訓練なしでも教員になれる制度ができた。いわゆる民間人校長や教頭は訓練どころか教員免許状さえ必要とされず、全く異なる職種から即座に任命される。訓練を欠いても一人前扱いされる職業は政治家くらいと思っていたが、教育界も同じになったようだ。するとどうなるか。それを欠いたまま任用されると、自らの権限を濫用する人物が教育に紛れ込んでしまう危険性がある。関西のある地域では、民間人校長の何人かがセクハラで退職し、民間人教育長はパワハラ問題で辞職した。学校教育がタコツボ化しないように、異業種から教育界に人材を求める制度には賛成であるが、どんな制度でも、どんな職種でも一定の訓練期間は必要である。