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2016年12月の記事

ボーダーレス

2016年12月14日

文徳中学・高等学校のことをもっと知りたいと思っている小学生・中学生とその保護者の方々へ 第149号

 

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『ボーダーレス』

学校長 荒木 孝洋

 

 暦の上では師走、学校は、後一週間もすれば2学期の終業式を迎える。「もう幾つ寝るとお正月。お正月にはタコあげて、コマを廻して遊びましょう。・・・」と浮き浮きしながら新年を迎えたのはいつ頃までだったろうか。年をとると、節目をさほど意識しないままに新しい年を迎えてしまう。境目がなくなるのは気持ちだけではない。「どこまで顔で、どこから額か?」区別がつかないほど広がる額と薄くなる頭髪、鏡を見るたびに困惑する。仕方ないことだが、年を重ねると、身も心もグローバル化し境目が消えグレーゾーンが広がる。

 

 ところで、グローバル化の時代、その特徴は、ヒト・モノ・カネ・情報が国境を越えて高速移動することだが、結果として、時には、その勢いに押し流された人々が、格差と貧困の餌食になっていく。この現象が、打倒グローバルを唱える市民の声になって国々の政治を揺るがしている。そんな状況の中、国々は「国境なき時代をどう共に生きるか?」といった難題に直面しているが、欧米の進む方向はどうも違うようで気になる。マスコミ報道によると、アメリカの次期大統領トランプさん発言には、「TPP脱退」「メキシコ国境に壁を作る」「自分の国は自分で守れ」「難民受け入れ制限」「国民皆保険撤廃」など、塀を高くして自国を守るバリアー強化の方向性が見え隠れする。イギリスのEU離脱、欧州に広がる政治の右傾化も同一路線のようだ。日本はどうだろうか?。「強い日本を取り戻す」、安倍首相の言葉が気になる。自国優先が顕在化すると、当然、他国との間に垣根ができ、軋轢や争いが生じる。欧米と同じ道を辿らないことを祈っている。

 

 先日の熊日新聞に掲載されていた「反グローバル化の落とし穴」という記事が目にとまった。同志社大学大学院教授浜矩子さんの論説である。2008年のアメリカ大統領選に出馬したジョン・マケイン上院議員の言葉『グローバル経済化に抗議するのは、お天気に向かって異を唱えるのと同じことだ。いくら文句を言っても変わらない』という言葉を引用しながら、「我々がいくら嫌がっても、雲の動きや前線の進行を止めることはできない。だが、誰かが悪天候の犠牲となって窮地に陥った時、その救出のために、他の人々が立ち上がることはできる。(中略)やってはいけないことは、災害から逃れて避難してくる人々を閉め出すことだ。自分たちの頭の上だけに、天災から身を守る屋根を作ることだ。自分たちのためだけに堤防を作って、その内側から他者を排除することだ。格差や貧困の原因をグローバル化に求めてはいけない」と警鐘を鳴らされている。合点である。国のリーダーがとるべき道は反グローバルではない。むしろ、敗者や弱者への温もりのある施策だと確信する。

 

 一方、教育現場も『グローバル』をキーワードとした改革が目白押し。小学校からの英語教育、タブレット活用の促進、大学入試における英検やTOEFLやTOEICの活用・・・。本校の英語教師、H先生はどんな外国人とも流暢な英語で会話ができるスーパーティチャーである。彼の言によれば、「会話は慣れ!、その気になれば、その環境になれば、誰でも英語は喋れる。義務教育で大切なことは、知識や判断力を涵養することだ。小学校に英語はいらない」と。英語はコミュニケーションのツール、喋れるにこしたことはないが万能ではない。排他主義の風潮が見え隠れする欧米だが、「目には目、歯には歯」の交流は必ず行き詰まる。幸い、日本には、古来から日本人が大切にしてきた“惻隠の情”という文化がある。時代は大きく変わったかもしれないが、「弱者を思いやり、相手の立場に立ってものを考える」交流こそ、難題「国境なき時代をどう共に生きるか?」の回答と考える。